ノンテクニカルサマリー

空間的依存関係を考慮した多国籍企業の立地・生産決定

執筆者 伊藤 由希子 (東京学芸大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「産業・企業の生産性と日本の経済成長」プロジェクト

問題意識と研究の目的

日本企業が海外展開を進めるにつれ、その進出動機や活動内容は、単に「日本(本国)だけ」と比べた利点では説明できなくなっている。たとえば、「中国の市場へ向けて輸出するためにベトナムに拠点を置く」(ベトナム拠点が中国の既存拠点を補完する)、あるいは「マレーシアの既存拠点からの輸出をシンガポールでの現地生産に切り替える」(シンガポール拠点がマレーシアの既存拠点を代替する)といった企業の意思決定はいずれも「(日本だけでなく)すでに進出した既存拠点」における需要や供給がカギになっている。

日本を拠点とする多国籍企業の半数以上がすでにこのような「第3国」の拠点を持っており、これらの企業は海外売上高全体の9割を占めるに至っている。しかし、これら第3国の拠点が企業の次の進出拠点の選択や生産規模の決定に与える影響を定量化した実証分析は多くない。このような問題意識から、本論文では既存の海外拠点に対する、新規の進出拠点(候補)の補完性や代替性の有無を、個票データから計量している。

分析結果の概要

この分析では、「海外事業活動基本調査」の本社・現地法人の個票データを用いている(2000年-2007年)。100法人以上の企業進出がみられる38業種、24の国・地域に関し、ある年度における各国への進出の有無(1/0)を変数とするロジット分析と、進出先の各拠点における現地販売額、輸出額をそれぞれ被説明変数とするGLS(一般化最小二乗法)分析を行った。

主要な説明変数は「賃金水準」と「輸送コスト」である。賃金水準が相対的に低いほど、生産コストが低く、労働集約的な生産に有利である。また、関税・輸送等のコストが低いほど、貿易障壁が低い。低い貿易障壁は、その拠点が輸出拠点となる場合は子会社進出の促進要因となり、販売先となる場合は子会社進出の抑制要因(他国からの輸入による代替を促進する要因)となる。

これらの変数を「本国との2国間で比較した相対値」とした場合と、「各企業の既進出先との加重平均による相対値」とした場合の説明力を比較したものが、下の図である。輸送コストについては上から1番目と2番目、賃金水準については3番目と4番目の比較である。被説明変数はそれぞれ、輸出向け生産量・現地販売向け生産量・輸出拠点の設立動機・現地販売の設立動機である。大きな負の値ほど輸送コストや賃金の負の影響が大きいことを意味している。

図:進出動機と生産量に対する決定係数の比較
(2国間比較変数と多国間比較変数の違い)

図:進出動機と生産量に対する決定係数の比較

既存拠点の立地を考慮すると、輸送コストが新規進出やそこでの生産量に及ぼす負の影響力が半分以下になっていることがわかる。たとえば、ある拠点の為替政策や貿易政策が変動して他国との輸送コストが増加したとしても、既存の他の拠点を考慮すれば企業が受ける負の影響は、半分以下で済むことになる。また、賃金水準についても、既存拠点を考慮すると、賃金水準が新規の輸出拠点への進出や生産量に与える負の影響が緩和されることがわかった。

現地販売を目的とした進出においては、本国との二国間関係のみでとらえた場合、賃金水準は影響力のある決定要因ではない。一方、他の既存拠点との相対的な賃金水準は、負の影響を持っている。言葉を換えれば、新規販売拠点は、近隣の既存拠点で製造した製品を輸入するという代替の選択肢があることで、両者の賃金水準が競合する関係を持つことになる。既存拠点を考慮することで、これまで(二国間関係では捉えられなかった)海外拠点間の代替関係が明らかになった。

政策的含意

これまで「輸出拠点は規模の経済性を生かした集中的な立地が必要、一方現地販売では現地の需要に適応するための分散的な(相手国内への)立地が必要」という考えが一般的であった。しかし、今回の結果は、こうした既存の通念をくつがえす実証結果となっている。日本企業がすでに日本以外の大きなマーケット(米国・中国など)に進出していることを考慮し、「既存の海外法人へむけて輸出しうる生産拠点はどこか」、「既存の海外法人から輸出しうる販売拠点はどこか」という観点から日本企業の海外進出の可能性を探らなければならない。グローバル化のための政策の立案に当たっては、一国集中型の輸出拠点や、現地に根差した販売拠点が必ずしも最適ではないことを考慮する必要がある。