ノンテクニカルサマリー

企業間取引を通じた集積効果の実証研究

執筆者 中島 賢太郎 (東北大学)
研究プロジェクト 効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会」プロジェクト

経済活動が特定の地域に集積する現象の1つの重要な要因として、企業間の取引費用の節約というものがある。取引を行う企業同士が地理的に近接して立地することで、物理的な製造品の輸送費用や、取引に必要なさまざまなコスト(仕様決定のための打ち合わせ費用等、取引に必要なあらゆるコスト)が削減できるというのである。このような要因が重要な要素であることは、これまでの多数の研究で指摘されてきた。しかしこれまでの先行研究はほとんどが産業連関表など集計されたデータを用いた分析にとどまっており、実際に近接した企業同士で緊密な取引が行われているのか、取引相手の決定に地理的距離が重要な役割を果たしているのかといった本質的な問いに答えていないという問題があった。それに対し本稿では実際の企業間の取引関係に関するマイクロデータを用いることで上記の問いに答えることに取り組んだ。

具体的な分析方法は以下の通りである。まず、各企業は自分の特性、および取引相手の特性を考慮して、自分の利益が最大になるように取引相手を決定すると考える。そのような仮定のもとで、取引相手の特性が取引利潤にもたらす効果を実際の取引関係データをもとに測定するのである。このようにすることで、たとえば、「取引相手の規模が大きい事は、取引から得られる利潤にどのように影響するか」といったことが測定できるのである(通常、取引相手の規模が大きい事は取引に対し正の効果を持つことが期待できそうであるが、逆に買いたたかれて負の効果を持つということもあるかもしれない。定量的な分析を行うことで、そのどちらが現実に起こっているのか分かるのである)。その際、本研究で重要なのは、取引の地理的距離が利益に影響する可能性を考えるということである。先の仮説に基づけば、取引距離が伸びると輸送費用等取引に関する費用が増大するため取引がもたらす利益は減少するであろう。つまり本研究で行ったのは、本当に仮説通り、取引距離が伸びれば取引がもたらす利益が減少しているのか、またそうであればその影響がどの程度大きなものであるのかということを実際の取引関係データから測定することである。

具体的には川上の新規参入企業と、川下の既存企業との間で取引を決定するという状況に注目し、分析を行った。その結果、川上の新規参入企業、川下の既存企業ともに、取引相手との地理的距離の増加は、利潤の減少をもたらすという結果を得た。これは取引において地理的距離が摩擦要因として働いていることを示しており、企業の近接立地の重要性を強く示唆する結果であるといえる。さらに興味深いことに、この減少度の大きさは、川下の既存企業に比べて川上の新規参入企業の方がはるかに大きいことが分かった。具体的には、川下企業にとって、取引先との平均距離を1%短縮することは、川下企業にとって取引先の平均労働者数を1%増加させることとほぼ同じ効果をもつ。それに対し、川上の新規参入企業にとって取引先との平均距離を1%短縮することは、川下企業において距離短縮がもたらす効果の30倍の効果を持っているのである。さらに、取引利潤にとって極めて重要な役割を果たしていることが予想される取引先の平均信用評価と比較しても、平均距離削減効果は極めて大きい。川上の新規参入企業にとっては、取引先との平均距離を1%短縮することの方が、取引相手の平均信用評価を1%向上させることの5倍以上大きな効果を取引からの利潤に対して持つのである。

以上の結果から、取引を通じた集積の経済が存在すること、およびその影響が取引先の労働者数や信用評価など、取引利潤にとって極めて重要であると思われる変数と比較してもより大きなものであること、さらにその影響は川下の既存企業に対して、川上の新規参入企業にとってより大きなものであることが示された。

本稿のように、マイクロデータの丹念な分析によって、産業集積が企業間取引を通じて利潤に影響する経路を明らかにすることは、たとえば現在進められている産業クラスター政策のための的確な政策提言につながると考えられる。本稿においては、取引を行う企業が近接立地することによって、取引距離を短縮することが、より労働者数や信用評価の意味で望ましい企業と取引を行うことと比較して十分に大きな利潤上昇効果をもたらすことが示された。このことから、たとえばより取引関係の深い産業同士を近接立地させること、また、特に新規参入企業において、取引先に近接した立地を促すことなどが、より信用度の高い企業との取引を促すこと以上に、企業の利潤上昇につながると考えられるのである。

表1:取引相手の特性が取引利益にもたらす影響の推定値
表1:取引相手の特性が取引利益にもたらす影響の推定値