ノンテクニカルサマリー

不完全競争市場と規模の経済性:フランス,日本,オランダの製造業企業に関する国際比較

執筆者 Sabien DOBBELAERE (VU University Amsterdam, Tinbergen Institute and IZA Bonn)
清田 耕造 (ファカルティフェロー)
Jacques MAIRESSE (CREST (ParisTech-ENSAE), UNU-MERIT (Maastricht University) and National Bureau of Economic Research (NBER))
研究プロジェクト 我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析」プロジェクト

問題意識

競争政策を企画・立案していく上で必要なことの1つは、市場の競争の実態を把握することだろう。しかし、独占や寡占といった極端なケースを除けば、市場が完全競争に近い状態にあるのか、それとも不完全競争の状態にあるのかを判断するのは必ずしも容易ではない。さらに一歩進めて、日本の市場が他国の市場と比べて競争的な状態にあるかどうかを比較するのはより難しい分析になるが、そのような国際比較が実現できれば、日本の市場の特殊性を議論する上で、有益な情報となりうる。

本研究は、フランス、日本、オランダの生産物市場と労働市場の競争状態について、製造業の企業データをもとに国際比較しようと試みるものである。これまでの生産関数の推定に関する研究では、生産物市場については不完全競争が考慮されていたが、投入物市場については完全競争が仮定されていた。本研究は、生産物市場だけでなく労働市場についても不完全競争を考慮した上で、生産関数の推定を試みる。論文では、まずマークアップ、規模の経済性、労働市場の競争度合いを同時に推定する方法を提示する。そして、その方法をフランス、日本、オランダの製造業の企業データに適用する。分析を通じて、これら3カ国の競争の実態、および各国の類似点と相違点を明らかにする。 分析の結果を紹介する前に、本研究で用いている用語について簡単に説明しておこう。まず、企業の利潤率は、マークアップと規模の経済性の比率で表される。マークアップとは、価格と限界費用の比率を意味している。このマークアップをもとに、生産物市場を不完全競争と完全競争に分類した。一方、労働市場は、完全競争・経営権を留保した交渉(right-to-manage bargaining)、効率的交渉(efficient bargaining)、買い手独占(monopsony)の3つに分類した。なお、経営権を留保した交渉とは、労働組合と企業の交渉で決まるのは賃金のみで、雇用量は企業が利潤を最大化するように決めるという交渉である。また、効率的交渉とは労働組合と企業の交渉で賃金と雇用量が決まるような交渉であり、この交渉ではパレート最適性が満たされている(労働組合と企業の無差別曲線が接している)。

分析結果のポイント

分析の主要な結果は次の3つである。
1) 表に示したように、日本の製造業のおおよそ半分は、生産物市場において不完全競争に直面している。一方、労働市場においては、製造業の大半が完全競争(あるいは経営権を留保した交渉)の状態にある。
2) この結果はフランスやオランダとは大きく異なっている。
3) また、日本企業の利潤率はフランス、オランダ企業の利潤率よりも低い傾向がある。

インプリケーション

本論文を通じて、日本企業の利潤率はフランス、オランダ企業の利潤率より低いことが明らかになった。ここで興味深いのは、分析対象期間において、日本の研究開発活動は落ち込んでいないという点である。文部科学省(2008年)の『科学技術白書』(図1-2-16)では、日本の研究開発・GDP比率は1995年以降増加していることが確認されている。一方、フランスをはじめとするEU15カ国では、研究開発・GDP比率はそれほど増加していない。また、2006年度の水準を比較すると、EU15カ国の1.91%に対し、日本は3.61%と、EU15カ国よりも高い値になっている。 日本において、研究開発活動が落ち込んでいないにも関わらず、企業の利潤率が低くとどまっているのはなぜだろうか。この疑問を明らかにするためにはより詳細な分析が必要だが、考えられる可能性の1つは、研究開発の生産性の低さだろう。日本企業の研究開発活動と利潤率にどのような関係があるのか。また、研究開発の生産性をどのように向上していくかということは、企業の経営戦略という意味からだけでなく、日本の中長期的な経済成長を考えていくという政策的な意味からも、重要な課題の1つだといえる。

表:各国各産業の競争の状態
表:各国各産業の競争の状態