ノンテクニカルサマリー

動学的ヘクシャー・オリーンモデル:図説

執筆者 Eric BOND (Vanderbilt University)/岩佐 和道 (京都大学)/西村 和雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 活力ある日本経済社会の構築のための基礎的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「活力ある日本経済社会の構築のための基礎的研究」プロジェクト

貿易が各国経済に及ぼす影響には、現在の経済厚生への影響といった短期的なものだけでなく、長期的な経済成長への影響も考えられる。短期的には、これまで多くの静学的分析によって明らかにされているとおり、各国が比較優位を有する産業へと生産をシフトし、相互に財の貿易を行うことにより、世界全体の経済の効率性が改善し、貿易を行う全ての国の経済厚生が上昇することが期待される。しかし先進国との貿易により、発展途上国が現時点で比較優位性をもつ一次産品などの生産に特化することになれば、発展途上国の資本蓄積や経済成長が妨げられ、長期的には貿易が発展途上国の経済に負の影響を及ぼす可能性が考えられる。

各国の生産財が、全て正常財(所得増加に伴い消費が増加する財)である場合には、長期的な均衡において貿易は発展途上国の経済厚生に負の影響を及ぼすことが、既存研究により明らかにされている。具体的には、資本豊富な先進国と発展途上国との貿易により、(i) 両国の生産技術が等しい場合であっても、長期的に発展途上国は先進国よりも低い所得水準にとどまり、(ii) またその水準は、発展途上国が貿易を行わなかった際に達成できる水準よりも低くなることが示されている。これは資本豊富な先進国との貿易により、発展途上国が労働を集約的に使用する財(労働集約財)の生産にシフトすることで、発展途上国の資本価値が下落し資本蓄積のインセンティブが下がったためである。

現実の世界では、一部の財は劣等財(所得増加に伴い消費が減少する財)であり、最近ではその実証的な研究も進んでいるものの(たとえば中国では米や小麦といった主要産品が劣等財であると報告されている)、劣等財が存在する下での国際貿易の理論的研究はまだその端緒にある。

図これまでの我々の研究により、労働集約財が劣等財である場合には、先進国と発展途上国との貿易が両国の経済厚生に及ぼす影響は、通常の場合と大きく異なることが分かっている。たとえば、自由貿易下における定常均衡は図のように与えられ、両国の初期資本量 (k,k*) が図のA点で与えられたとき、自由貿易下においては長期的に図のB点に収束し、閉鎖経済下においては図のC点に収束するが、これは貿易によって両国とも長期的な経済厚生が改善していることを意味している。これは資本豊富な先進国は、同時に所得が高く資本集約的な財への需要が非常に大きい国であるため、その先進国との貿易が発展途上国の資本価値を上昇させることで生じている結果である。逆に資源の少ない発展途上国は、資本集約的な財への需要が小さい国であるため、その国との貿易が先進国の資本価値を低下させ、両国の長期的な経済厚生が共に悪化することも起こりえる。また「貧困の罠」に陥っている発展途上国に対し、先進国が貿易を開始するにあたり無償の資金援助を行うことによって、発展途上国が「貧困の罠」から脱するだけでなく、両国の長期的な経済厚生が共に改善しうる可能性のあることが示されている(逆の結果も同様に起こりえる)。

このように全ての財が正常財であるという仮定を外した際には、貿易が発展途上国の経済成長に及ぼす影響は、従来考えられていたほど単純なものではなく、両国の長期的な経済厚生に正または負の影響を及ぼし、自由貿易と組み合わせた先進国から発展途上国への対外援助は、両国の長期的な経済厚生を改善する(悪化させる)可能性がある。