執筆者 | 宇南山 卓 (ファカルティフェロー)/慶田 昌之 (立正大学) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価- |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
基盤政策研究領域I (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-」プロジェクト
少子高齢化の下では、年金制度の健全性を保つことが重要である。そのために、現在のマクロ経済スライドに含まれる物価スライドを適切に運用しなければならない。なぜならば、インフレ率が真の値より高めに偏るならば、年金給付額は過大となり年金財政を圧迫するであろう。逆に、インフレ率が真の値よりも低めに偏るならば、年金給付額は過小になり高齢者世代は相対的に貧困に直面する。したがって、正確なインフレ率による物価スライドを実施する必要がある。
総務省が作成しているインフレ率の偏りは大きくないとされている。たとえそうであったとしても、平均のインフレ率を用いた物価スライドは年金制度の趣旨を考えると適切ではない可能性がある。それは高齢者世帯の消費行動が、日本全体の平均とは異なる可能性があるためである。その理由は、第1に、若年者世帯と高齢者世帯では、消費する財の種類が異なる。IT革命によってハイテク家電やパソコンにより財の質や価格は大きく変化したが、これらに対する支出は高齢者世帯と若年者世帯では異なる。第2に、高齢者世帯が財を購入する店舗は若年者が購入する店舗とは異なる。たとえば、インターネットを利用したネット・ショッピングが注目されているが、若年者世帯では広範な財で利用されている一方、インターネット利用の習熟などの点で老齢者世帯での利用は限られていると考えられている。
本研究では、この2つの点を考慮して、高齢者世帯が直面する物価水準とインフレ率が、CPIや平均の世帯とどのように異なるかをみる。全国物価統計調査では財ごとの店舗業態別の価格を調査しており、全国消費実態調査では各年齢階級について、財ごとの店舗業態別支出シェアを調査している。この2つの統計を組み合わせることで、高齢者世帯が、どのような財を、どのような店舗で購入しているか、また、それが若年者世帯とどのように異なるかを考慮した、高齢者世帯の直面する物価水準が計算される。本研究では、5年ごとに調査される全国物価統計調査の1987年、1992年、1997年、2002年、2007年の調査と、全国消費実態調査の2004年の調査を用いて、1987年から2007年までの5年ごとの高齢者世帯の直面する物価水準と、20年間のインフレ率を計算した。
主要な結果を表にまとめた。すべての値は2005年を100とした指数で作成し、それぞれの1987年を100と換算した指数に直した。第1列の「平均」は、財別のウエイトも購入先業態のウエイトも全世帯平均のものを用いて計算された結果である。それに対し、5列目のCPI(総合)は、総務省統計局の公表するCPIの系列である。公式のCPIの価格データとなる小売物価統計調査では、業態別の価格動向は考慮されていないのに対し、ここでの「平均」は、平均的な世帯の購入先業態のウエイトで業態ごとの価格動向の違いが反映されている。平均の物価指数は1987年を100とする指数で2007年は108.50で、20年間で8.5%の物価上昇があったことになる。一方で、公式のCPIの系列は、113.08となっており、約13%の物価上昇を記録している。これは、CPIが業態別の支出シェアを考慮していないためであり、現在のCPIは過去20年の累積で4.6%程度物価上昇率を過大に評価していることになる。
次に、平均的な世帯と65歳以上の世帯について比較する。65歳以上の世帯の物価指数は、1987年を100として、2007年が110.5であり、平均的な世帯と比較すると2.0%ポイント高い。この2.0%ポイントの乖離がどのように発生したかを見ているのが、第3列と第4列である。第3列は、財別ウエイトとして65歳以上は財の支出シェアを用いるが、購入先業態別のウエイトは平均的な世帯の支出シェアを用いた物価指数であり、平均より1.5%ポイント高かった。第4列は、財別ウエイトとして平均的な世帯の支出シェアを用いるが、購入先業態別は65歳以上のウエイトを用いた物価指数であり、平均より0.5%ポイント高かった。つまり、20年間の65歳以上の世帯の物価上昇率は平均より約2%ポイント高く、その違いは財の支出シェアの違いにより約1.5%ポイント、購入先の業態が異なることで約0.5%ポイントが説明できることが分かった。
本研究から、次の2点が明らかになった。第1に、高齢者は若年層を含む平均的な世帯と比較すれば、より高い物価上昇率を経験してきたことである。第2に、現行のCPIはそもそも購入先の業態別の物価動向を反映していないため、相対的に高い高齢者の物価上昇率すら上回っていることである。これは、現行のCPIによる物価スライドでは、年金額が過大である可能性を示唆している。ただし、その水準は年率にして0.1%程度であり、それほど大きな問題ではない。