ノンテクニカルサマリー

都市密度・人的資本と生産性-賃金データによる分析-

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

隣接基礎研究領域A (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化時代の労働政策へ向けて:日本の労働市場に関する基礎研究」プロジェクト

問題意識

人口減少、知識経済化、サービス経済化といった構造変化の下、日本経済の成長力を高めるためには、人的資本の質の向上を通じた生産性向上がこれまで以上に重要になっている。人的資本投資には学校教育だけでなく、職業訓練、就労経験や特定企業での勤続を通じたスキルの蓄積が含まれる。

近年の海外での実証研究は、都市規模と労働者のスキル水準の間に正の関係があること、また、スキルの高い大都市ほど集積の経済効果が大きいことを明らかにしてきている。その背後にあるメカニズムとして、一定の地理的範囲内での人的資本のスピルオーバー効果、大都市における学習効果の強さ、労働市場における良好なマッチングや分業の利益、そもそも労働者の観測されないスキルが都市規模によって異なること等が指摘されている。人口稠密な都市ほど人的資本の生産性への貢献がより大きいとすれば、人口減少下の日本経済にとって人々の地域間移動等を通じた人口の地理的分布の変化が経済全体にとって大きな影響を持ちうる。

こうした状況を踏まえ、本稿では、集積の経済性及び労働者の人的資本と賃金の関係を、「賃金構造基本調査」のマイクロデータを用いて定量的に分析した。

分析結果のポイント

市区町村人口密度を説明変数、時間当たり賃金を被説明変数とする賃金関数の推計によれば、賃金に対する集積の経済効果の存在が確認され、産業別には卸売業・小売業等で相対的に大きい。また、学歴、勤続、経験といった人的資本の指標が高い労働者ほど集積の経済効果が強く働いており、人口集積地においてスキル労働者の学習が速いこと、企業と労働者のマッチングの質が高いことを示す結果である。

たとえば、潜在経験年数と人口密度の相互作用を見ると、集積の経済効果は学卒後の潜在経験年数の経過とともに強まっていく傾向があり、就職後30年を超えたあたりでピークとなる(図参照)。この関係は就職以来長期勤続を続ける「標準労働者」よりも転職経験者を多数含む「非標準労働者」の方が大きい。すなわち、人口集積地においては勤続を通じた学習効果だけでなく転職を通じたマッチング改善効果が時間の経過とともに顕在化していくことを示唆している。

ただし、技術的には、本稿の分析はクロスセクション分析であり、観測されないスキルの違いに基づく労働者の地理的なソーティングや人口密度自体の内生性の影響は排除されないことを留保しておく。

図:潜在経験年数と賃金の関係(対数人口密度±1標準偏差)
図:潜在経験年数と賃金の関係

インプリケーション

本稿の分析結果は、人口集積地における就労が、学習効果の強さと労働市場でのマッチング改善の両者を通じて労働者の生産性を高める効果を持つことを示している。人口が減少するとともにサービス経済化が進む日本経済にとって、労働者の地理的な移動を円滑化し、人口稠密な地域を維持・形成していくことが労働者の賃金上昇とともに経済全体の生産性向上に対して大きな効果を持ちうる。そのための具体的な政策としては、地域を越えた労働市場全体の機能向上、都市における土地利用制限の緩和、人口集積地に重点を置いた社会資本整備等が考えられる。

なお、東日本大震災後の復興に際しても、コンパクトシティの形成など人口集積を考慮した対応を行うことが、人的資本の質の向上を通じた長期的な地域経済の発展にとって有用なことが示唆される。