ノンテクニカルサマリー

研究開発のスピルオーバー、リスクと公的支援のターゲット

執筆者 長岡 貞男 (ファカルティフェロー)/塚田 尚稔 (研究員)
研究プロジェクト イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究」プロジェクト

本研究では、研究開発からの知識のスピルオーバー(科学技術論文などから)と研究開発へのリスク資金制約が、どのようなプロジェクトや企業で重要であるか、また研究開発への公的支援がどのようなプロジェクトや企業にターゲットされており、これらは整合的かどうかを実証的に研究した。利用するデータは経済産業研究所の発明者サーベイと企業活動基本調査であり、民間企業に所属している発明者の研究プロジェクトにフォーカスした。

企業は研究開発プロジェクトからの私的なリターンが高いと見込める場合は自己資金で行うが、リターンが低いと予想された場合には投資規模は縮小されて資金不足になるか、全く実施されない。しかし、その中には実施されれば外部へのスピルオーバー効果が大きく社会的なリターンが高いプロジェクトもあり、それらには政府資金を投入して実施を後押しすることが社会的には望ましいと考えることができる(表1)。

発明者サーベイの結果によると、民間企業に所属している発明者の研究においても、研究プロジェクトの20%において基礎研究の段階を含むなど、かなりのスピルオーバーがあると考えられる。同時に、民間企業の研究開発プロジェクトの1割強ではリスク資金の不足によって研究の縮小・遅れがあり、約4分の1には事業化投資への制約がある。しかし、日本の民間企業の研究開発プロジェクトの3%程度にしか政府資金は供給されていない。そのプロジェクト特性別の配分を見ると、表2に示したように、基礎研究を含んでいて、かつ資金制約があったプロジェクトの9%が政府支援を受けており、この割合は4つの分類の中で一番高く、上で述べた効率的な政府支援の考え方と傾向としては一致している。研究プロジェクトの成果を科学技術論文として発表したか否かをスピルオーバー指標とした場合でも同様の傾向が観察される。

社会的なリターンが高い研究開発の判別、つまりスピルオーバーの発生条件と、政府資金を投入する際に考慮されるべき選択条件を比較することは、政府支援のメカニズムを設計する上で重要な情報を与えると考えられ、政策的にも非常に重要な研究である。

本論文の分析で得られた結果によれば、政府支援が行われているプロジェクトの条件は、科学技術論文発表、セレンディピティーなどを指標とするスピルオーバーの発生条件と、全体的には整合している。ただし、企業の研究開発集約度の高さや博士号所有者の研究プロジェクトへの参加が高いスピルオーバーをもたらすと考えられるが、現状の政府支援の選択条件としてはそれほど高く評価されていない可能性も示唆されている。また、産学連携のプロジェクトはスピルオーバーと比較して相対的に過大に評価されている可能性も示唆され、今後の研究の発展が重要である。

表1:政府支援のターゲットの選択
表1:政府支援のターゲットの選択

表2:政府支援を受けたプロジェクトの比率
表2:政府支援を受けたプロジェクトの比率