ノンテクニカルサマリー

ワーク・ライフ・バランス施策は企業の生産性を高めるか?― 企業パネルデータを用いたWLB施策とTFPの検証 ―

執筆者 山本 勲 (慶應義塾大学)
松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト ワーク・ライフ・バランス施策の国際比較と日本企業における課題の検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

概要と問題意識

本稿は、1990年代からの企業パネルデータを用いて、労働者のワークライフ・バランス(WLB)の実現に向けた取組みを企業が実施することで、企業の中長期的な生産性がどのような影響を受けるかを検証したものである。

労働者のWLBと企業の成長を共に実現する持続可能なWLBの達成には、WLB施策が企業の生産性や業績にプラスの影響を与えるかが重要なポイントとなる。しかし、WLB施策と生産性の関係を検証する場合、データの制約もあり、もともと生産性の高い企業だからWLB施策を導入するのであって、WLB施策導入の効果として生産性が向上したとは限らない、といった逆の因果性の可能性を排除することが難しい。本稿では、同一企業を追跡調査しているパネルデータを活用することで、こうした逆の因果性を考慮する。具体的には、『企業活動基本調査』(経済産業省)の個票データと経済産業研究所の実施した企業アンケート調査をリンクさせたパネルデータを構築し、企業が各種のWLB施策を導入することで、その後の生産性(全要素生産性;TFP)がどのように推移していくかを定量的に把握する。分析上の特徴としては、(1)生産性ショックと生産要素の同時性を考慮した推計手法をもとに、バイアスの少ない個別企業のTFPを推計していること、(2)パネルデータを用いて資金力や潜在成長力といった企業固有の要因を固定効果推計で除去することで、逆の因果性を考慮していること、(3)WLBの費用対効果のラグ構造を推計モデルに明示的に取り入れていること、(4)WLB施策が企業の生産性を高めるチャンネルを考慮し、労働の固定費用(採用・解雇費用や教育訓練費用など)の大きい企業ほど、定着率や採用パフォーマンスの向上を通じてWLB施策のTFPに与える効果が大きくなる可能性を検討していること、(5)中小企業も分析対象としていること、(6)WLB施策の種類の違いを考慮したことなどが挙げられる。

分析内容と含意

検証の結果、個別企業のWLB施策とTFPの間にはプラスの相関がみられるが、生産性の高い企業ほどWLB施策を導入しているという逆の因果性を考慮すると、WLB施策が一貫して中長期的に企業のTFPを高めるという因果関係は見出せないことがわかった。ただし、いくつかの企業特性に注目してWLB施策の効果を測定したところ、次のいずれかの条件を満たす企業では、WLB施策が企業のTFPを中長期的に上昇させる傾向があることがわかった。すなわち、(1)従業員300人以上の中堅大企業、(2)製造業、(3)労働の固定費の大きい企業(労働保蔵の度合いの大きい企業や正社員比率の高い企業)、(4)均等施策をとっている企業(女性管理職のいる企業や成果主義を導入している企業)である。このほか、WLB施策の種類としては、(1)推進組織の設置などのWLBへの取組み、(2)長時間労働是正の組織的な取組み、(3)非正社員から正社員への転換制度、(4)法を上回る介護(育児)休業制度といった施策が中長期的にTFPにプラスの影響を与えやすいことも明らかになった。さらに、中小企業であっても、労働の固定費用の大きい企業ではWLB施策がTFPを上昇させる効果がみられることも示された。ただし、中小企業の場合、労働保蔵の小さい企業や正社員比率の低い企業では、かえってWLB施策の導入によってTFPが低下してしまうなど、企業の特性やWLB施策の種類によってTFPに与える影響にばらつきがみられることも明らかになった。

こうした推計結果は、どのような企業でもWLB施策を導入するだけで生産性が向上するようなことはなく、WLB施策が効果を上げるような条件のもとで、有効なWLB施策を実施することによって、その効果が中長期的にあらわれてくることを示唆する。さらに注目されるのは、図にも示したように、WLB施策の効果が期待できるような条件をもった企業の中にも、WLB施策が未だ導入されていない企業も多数存在することである。このことは、中堅大企業や製造業、労働の固定費用の高い企業、均等施策をとっているような企業に対して、WLB施策が中長期的にTFPを高める効果があることを示したり、具体的な成功事例の情報提供を進めたりする政策をとることで、企業におけるWLB施策の導入率が自発的に高まっていく可能性がある、といった政策含意を示唆する。

図2:WLB施策の効果と導入率の比較
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