ノンテクニカルサマリー

WLB施策が効果的に機能する人事管理:職場生産性への影響に関する国際比較

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

雇用政策研究会(2007)は、わが国の2030年までの労働力人口を推計したうえで、少子高齢化社会の到来や経済のグローバル化の進展に対応しながら、わが国の経済社会の持続的発展を可能とするためには、若者、女性、高齢者など働く意欲と能力を持つ全ての人が、人生の各段階に応じて、仕事と生活の調和(いわゆる、ワーク・ライフ・バランス。以下、WLBと記す)を図りながら、その能力を蓄積しつつ十分に発揮していくことが重要であると指摘している。この提言が出される前より、わが国では、少子高齢化社会への対策の一環として、女性の継続就労を支援するさまざまな政策がうたれてきたが、近年ではこれに加え、定年退職した団塊世代が介護を必要とする世代へと推移していくにあたり、彼らを介護しなければならない労働者が増加し、従来どおりの働き方ができない労働者、いわゆる、東京大学の佐藤博樹教授のいう「時間制約社員」が組織の大半を占めるようになるため、企業をはじめとする組織(以下では、従業員を雇用する組織を示すものとして企業と記す)はその対応を十分に図っていく必要があるといわれている。この介護をする世代とは、30代から40代の壮年期層で、企業が「正社員」としての役割を果たすことを強く期待している場合が多い。つまり、企業は組織の中核人材と期待してきた人材を十分に活用できなくなる可能性があるといえる。

そもそも「正社員」とは何か。「正社員」については、多様な解釈がなされているが、明確な定義はなく、一般的には、(1)雇用契約が無期である、(2)幅広い職務に対応できるよう職務ローテーション制度によって知的熟練度を高めながら組織の「コア人材」として育成していくことが期待されている、(3)組織が求める働く時間、場所、仕事に柔軟に対応することが期待されている、と位置付けられているが、濱口桂一郎氏は「新しい労働社会」(2009)の中で、前述の(1)と(2)が期待されているのは、主に大企業の「正社員」であり、企業規模が小さくなるほど「正社員」といっても、職務や場所が限定され、事実上は職務に基づき雇用される者(ジョブ型)、地域の中で雇用される者(コミュニティ型)に近づくと述べている。

このように、実は「正社員」といっても必ずしも一律ではないといえるが、前述の(3)のうち、特に"働く時間"については、企業規模にかかわらず「正社員」への共通した期待であるといえ、日本に限らず、WLBの進む欧米企業においても同様であることは先行研究からも明らかである。その一方で、日本は今後「時間制約社員」が増加し、従来型の「正社員」が減少する事態を受容しながら、労働力を確保していかなければならない局面に入るため、「正社員」の働き方に弾力性を持たせながら多様な「正社員」を認めていく必要があり、その一施策としてWLBの推進は急務であるといえる。しかし、日本ではなかなかWLBが進んでいないのが実態である。それはなぜだろうか。

本稿では、その理由の1つに、日本企業の「正社員」に対する画一的な人事管理に問題があると考え、WLBが進むEU諸国(イギリス、ドイツ、オランダ、スウェーデン)企業の人事管理と比較しながら、わが国の企業の人事管理における課題を考察することとした。その結果、海外4カ国ではWLB施策が職場生産性に効果的に機能している企業ほどダイバシティ・マネジメントが推進され、インセンティブ・システムについても職務遂行能力、個人の業績、職務の内容、組織の業績などをバランスよく考慮する内容となっているが、日本では、ダイバシティ・マネジメントに関する変数は有意でないほか、インセンティブ・システムについても年齢と個人業績の2項目を偏重する傾向があることが明らかになった。また、海外4カ国では、正社員と同じ仕事をする正社員以外の社員の時間当たりの賃金が正社員とほぼ同じ水準であるとする企業が約8割あり、均衡処遇が進んでおり(図表1)、日本の職場生産性(仕事効率、仕事意欲、組織貢献意識)が高い企業でもそうした傾向がみられることが明らかになった。

現在、わが国では、正社員と仕事内容がほとんど同じであるパートタイマーがいる事業所が5割あるといわれている。これまで「正社員」は働き方の弾力性が無い代わりに高い処遇と雇用保障が付与されてきたが、諸事情を持つ正社員の柔軟な働き方が進み、「正社員」とそれ以外の社員の働き方の差が小さくなるのであれば、「正社員」に対する雇用管理のあるべき姿を検討するのとあわせて、正社員以外の社員についても協議していく必要がある。こうした「正社員」のWLBの実現に向けた議論は、正社員以外の社員を含む人材のマクロ的な最適活用を実現するためのプロセスであると考える。

図表1:正社員と同じ仕事をしている正社員以外の社員の時間当たりの賃金
図表1:正社員と同じ仕事をしている正社員以外の社員の時間当たりの賃金