ノンテクニカルサマリー

取引と特許共同出願の関係について

執筆者 井上 寛康 (大阪産業大学)
玉田 俊平太 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 多重ネットワーク分析指標を用いた新たな経済指標の検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

本研究では、企業間の取引と特許の発生に着目し、現在の日本の企業間イノベーションシステムがどのように構築されているかを分析した。データとして100万の企業をノード(頂点)とし、それらの間における取引および特許共同出願という2種類のリンク(紐帯)からなる多重ネットワークを分析した。分析には産業連関表、ERGモデル、および、ベイジアンネットワークの3つを用いた。

図

産業連関表の分析から、取引金額よりも取引件数の方が共同出願により影響を与えているであろうことが推測された。つづいてERGモデルに基づく分析から、企業間の取引は双方向になり、取引と特許の共同出願は同時に発生しやすいことが明らかとなった。最後に、ベイジアンネットワークに基づく分析から、企業間の取引関係が判明すれば、特許の共同出願と産業の種類は独立になることがわかった。

本研究で明らかとなったことの1つは、取引金額の多寡よりも、取引件数の多寡の方が共同研究開発の件数と相関が高いという事実である。この結果は、ERGモデルを用いた分析でも支持されている。取引関係と特許共同出願関係の両方が起きる確率は、ランダムな場合の確率より有意に高かったのである。この分析結果からは、何度も取引を重ねて信頼関係が醸成された企業同士が共同で研究開発を開始したり、共同研究開発の遂行を通じて信頼関係が構築された企業同士で取引が生じたりするという、企業間の信頼関係の醸成に伴うトランザクションコストの低下、それを通じた企業間関係の進展という関係が推測される。

ベイジアンネットワーク分析の結果では、企業間の業種の組み合わせという変数が加わってもなお、取引と特許共願の有無という変数の間の結び付きは崩れなかった。イノベーション促進策として異業種のマッチングが一般的に推進されるが、そのように業種の組み合わせに注目することよりも、すでに醸成された取引関係の方が、共願関係の新たな生成に強い裏付けを与えるといえる。

企業の間の関係には無数の事情があり、他のどのような変数が取引や特許共願の関係に影響を与えるかは今後も議論の余地があるが、少なくとも上記の結果から、取引と特許共願の関係の正の相関性について強い裏付けが得られたといえる。