執筆者 | 宇南山 卓 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価- |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
児童手当が家計消費に与えた影響の観点から、児童手当制度そのものを総合的に評価した。家計調査に基づく分析によれば、平均的な世帯にとって、児童手当は生涯所得の一部を形成するだけで、他の所得とプールされて支出されていた。つまり、児童手当は一義的には「子育て世帯への所得再分配政策」として評価できる。
しかし、所得再分配としてみれば、その役割は限定的である。独立行政法人労働政策研究・研修機構によれば、大卒・大学院卒の男性標準労働者の生涯所得は3億円である。それに対し、ここでのサンプルの事後的な児童手当の受取総額は75.6万円であり、生涯所得に占める割合は0.3%に過ぎない。子ども手当であれば子供2人で約500万円の支給を受けられるが、それでも約2%に過ぎない。この程度の水準では家計行動に与える影響は小さく、児童手当制度の正当化には、所得再分配以外の効果が示されなければならない。
所得再分配以外の政策効果として、期待できるのが「ラベリング効果」である。これは、政府が「児童手当」というラベルを付けて現金を支給することで、それが「法の趣旨に従って」子供向けの財などに使われる効果である。海外の事例では、所得のラベル付けが家計行動に影響を与える可能性が指摘されてきた。しかし、ここでの結果は、日本ではラベリング効果はほとんどなく、あったとしても「法の趣旨」に従ったものではないというものであった。すなわち、児童手当はラベリング効果によっては正当化できない。
また、多くの研究者が評価の軸としたのが「少子化対策」としての効果である。子供を持つことを条件に現金を給付すれば、出生へのインセンティブとなる。しかし、消費の分析から、この効果はほとんどないことは自明である。未来子供財団の推計によれば、各家庭が負担する「子育て費用」の総額は2360万円(2004年時点)であり、月額1万3000円の子ども手当が恒久的に支給されたとしても、約10%しかカバーすることができず、出生行動に与える影響も限定的である。実際、先行研究で、児童手当が出生確率に与えた影響は2%程度であることを示している(塚原 1995, 森田 2006)。そのため、「現行の児童手当の規模は、機会費用の補償にはほぼ遠いものであり、児童手当の中途半端な充実は、実効性のない、ばらまき政策に終ってしまう可能性が高い。一方、機会費用を完全に補償する手当の創設は、桁違いの財政負担を必要とする」(岩本 1998)。
結局、平均的な世帯に与える効果では、児童手当の正当化は困難である。しかし、借入制約に直面する世帯への支援と位置付けると、単なる所得移転ではない効果があることが示された。借入制約とは、理論的に最適な水準の消費をするためには借入が必要であるにもかかわらず、借入のできないことである。借入制約世帯は追加的な所得を与えると、同時点の消費を引き上げることが知られている。
ここでは、年間収入・金融資産残高がともに第1四分位に入るような世帯を借入制約に直面する世帯とみなし、児童手当の受給がこうした家計の消費に与える影響を見た。すると、児童手当の70~80%程度が消費に回されており、理論と整合的であった。しかも、その使途は補習学習、旅行や食費などであり、おおむね児童手当の趣旨に即していた。つまり、借入制約に直面する世帯にいる子供の支援をする政策として、児童手当は一定の成果があった(以下に、DPの表をまとめたものを掲載する)。
しかし、借入制約に直面すると考えられた世帯は18歳未満の子供のいる世帯の10%程度であり、支給率が8割を超えるような状況は効率的な政策ではなかった。特に、所得制限を撤廃した子ども手当は、その理由を正当化するのは困難であろう。
仮に、借入制約に直面する世帯にターゲットを絞ることにコンセンサスが得られるとすれば、本人拠出による児童手当の実質的な社会保険化、すなわち児童手当の「児童年金化」は有効な政策と考えられる。生涯所得に変動がなくとも、消費のタイミングが変更できるだけで厚生改善効果があるという性質に着目したものであり、政府の信用によって借入制約を解消する政策ともいえる。
参考文献
- 岩本康志(1998)「少子化対策として何が必要か」総合研究開発機構編『少子化・高齢化の経済効果と経済から人口動態への影響 (NIRA研究報告書)』付論 総合研究開発機構刊
- 塚原康博 (1995) 「育児支援政策が出生行動に与える効果について―実験ヴィネットアプローチによる就業形態別出生確率の計量分析」 『日本経済研究』No.28.
- 森田陽子 (2006)「子育てに伴うディスインセンティブの緩和策」樋口美雄・財務省財務総合政策研究所編『少子化と日本の経済社会―2つの神話と1つの真実』第2章 日本評論社