ノンテクニカルサマリー

-企業情報開示システムの最適設計-第5編 四半期情報開示制度の評価と改善方向

執筆者 加賀谷 哲之 (一橋大学)
中野 貴之 (法政大学)
松本 祥尚 (関西大学)
町田 祥弘 (青山学院大学)
研究プロジェクト 企業情報開示システムの最適設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

本研究の狙いは、わが国における四半期情報開示制度の実態と同制度の効果とコストを明らかにしたうえで、その改善方向についての議論の示唆となる証拠を提示することにある。各国の四半期情報開示制度を概観すると、その適用対象や四半期財務諸表を作成するための会計基準やその監査・レビューに違いがある。また四半期情報をめぐる実証的な証拠は蓄積されているが、その多くはわが国とは制度が必ずしも同一ではないアメリカ企業をサンプルとしている。わが国では現在、四半期情報開示制度などの制度を見直す動きが進展しているが、その制度設計に資する日本企業をサンプルにした実証的な研究成果が蓄積しているとはいいがたい。このため、本研究プロジェクトでは以下の3つの研究を行った。

1つは、四半期財務情報が他の情報システムと比べて相対的にどれほど重要な情報を提供しているかという検証である。検証にあたっては、Ball and Shivakumar(2008)で提唱されているモデルを活用し、日本企業の四半期情報が他の情報システムに比べて、相対的に重要な情報を提供しているかを検証している。検証の結果、投資家にとっての情報有用性という観点からは、四半期決算短信には一定の有用性が含まれているものの、業績予想などと比べるとその有用性の程度は低いことが確認できる。こうした点は、四半期情報に対するアナリストへの質問調査における結果とも整合的であった。ただし業績予想の開示についても、さまざまな論点や課題が指摘されており、現時点では十分に整理されていない。こうした点については、業績予想や四半期情報がどのような役割を果たすのかについて整理するなど、情報開示システム全体の枠組みの中で検討する必要があると考える。

いま1つは、四半期情報開示制度が企業経営者による利益管理行動を浮かび上がらせる上でどれほど有効であるかを検証するアプローチである。四半期決算の国際比較によれば、日本企業は他の四半期利益を開示している国の企業に比べて、赤字から黒字への利益リバーサルが頻繁に行われていることが確認されている。では、こうした黒字決算への転換のために、どのような利益管理活動を行っているのか。日本企業をサンプルとしたパイロット・テストによれば、そうした黒字転換の利益リバーサルが起こっている企業の多くは、他の企業と比べて会計発生高、研究開発投資、広告宣伝投資、人的資源投資などを活用して、利益をねん出している傾向があることが確認されている。

さらに2008年4月事業開始年度より導入された四半期報告制度の影響を検討するため、その前後における四半期における会計発生高変化の差異を分析した。分析によれば、四半期報告制度導入前には、監査の入っていた半期決算・本決算にて会計発生高が減少傾向にあり、第1・3四半期には会計発生高が増大する傾向があることが確認されている。ただ四半期報告の法定開示が導入され、その傾向は低減しているものの、利益捻出型の利益管理は続いている傾向があり、その効果についてはさらなる検討が必要である。

最後に、四半期報告制度に対する企業、監査人、アナリストの意識や行動についてアンケート調査を通じて明らかにした。企業からの回答に見られたように、子会社・親会社の四半期個別財務諸表に基づくという原則的な財務情報作成プロセスを採用しており、それを極めて短期間の間に完成させている状況が存在する。この結果、四半期報告が制度化される以前に比べると、その作成プロセスに掛かる時間コストは倍増している。またこの倍増した時間コストの半分以上が、監査人対応となっていた。この相対的に大きなコストを前提にした、原則的な四半期連結財務諸表作成プロセスは、決算短信等における単体情報の開示による部分と、監査人の指導においても子会社の全てに個別財務諸表を作成することが要請されていることの双方に起因していると考えられる。

またIFRSを基軸とした会計基準の国際的統合化・収斂化の進展に伴い、会計処理における見積もりや予測の要素が増大することが予測されている。こうした見積もりや予測の要素をどれほど四半期情報開示に反映させるかという点も1つの論点となろう。

以上の分析から、四半期情報開示制度には、情報有用性という観点からも、企業経営者に対する説明責任の徹底からも一定の効果が存在していることが確認できる。その一方で、他国と比べて、日本における四半期情報開示制度が企業側にとって負担の大きいものとなっており、それを低減させるための工夫が必要な可能性もある。

一方、法定開示に求められる役割は、単に情報の意思決定有用性などだけではないとの指摘もある。法定開示にどのような役割を求め、どこまでが法定開示として求められるべきか、証券取引所等の自主規制ではどこまでを求めるべきであるのか、その上でいかなる開示と保証の枠組みを設定すべきなのかといった手順での検討が必要である。こうした点については、今後、検討していくことが求められよう。

わが国の四半期情報開示制度が情報作成者サイドである企業にとって重い負担となっていると考えているとすれば、そのコスト負担感を減少させ、そのベネフィットを企業サイドにも実感できるものとするような配慮は不可欠であろう。とりわけIFRSを基軸とした会計基準の国際的統合化・収斂化が進展すると、会計処理における見積もりや予測要素の増大に伴う開示ボリュームの増加により、そうした負担感がますます拡大する可能性もある。四半期情報開示制度を企業の国際競争力や国民経済の活力向上に結び付けていくためには、四半期情報開示制度の導入の狙いや目的を、当事者である企業、監査人、情報利用者が共有し、その経済効果やベネフィットを共有しつつ、IFRSへのアドプションなどに伴い増大すると予測される四半期開示に対するコスト負担感を低減させることが必要であると考えるためである。本研究は四半期情報開示のベネフィットとコストの一側面を明らかにしたという点では一定の貢献があるといえよう。