ノンテクニカルサマリー

-企業情報開示システムの最適設計-第3編 内部統制制度の実態と課題

執筆者 橋本 尚 (青山学院大学)
松本 祥尚 (関西大学)
研究プロジェクト 企業情報開示システムの最適設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

内部統制報告制度は、導入3年目に入ったところであり、これまでも効率的かつ有効な制度となるように関係者の努力が払われてきた。一方で、実際に内部統制報告制度を実施した経験を踏まえた企業等から、制度の円滑な実施へ向けてさまざまな要望が寄せられている。

企業会計審議会内部統制部会から、2010年12月22日付で『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について』(公開草案)が公表された。公開草案においては、主な改訂の内容として、(1)企業の創意工夫を活かした監査人の対応の確保、(2)内部統制報告制度の効率的な運用手法を確立するための見直し、(3)「重要な欠陥」の用語の見直しの3点を挙げている。改訂基準および実施基準は、2011年4月1日以後開始する事業年度における内部統制の評価および監査から適用することとされている。

また、中堅・中小上場企業等における効率的な内部統制報告実務に向けて「内部統制報告制度に関する事例集(仮称)~中堅・中小上場企業における効率的な内部統制報告実務に向けて~」の公表が検討されている。

これらの措置によって、内部統制報告制度に対するいわゆる緩和措置については、できうる限りの対応が図られたと考えられ、当分は、制度の定着を待つ姿勢で臨むことになろう。仮に、さらなる制度の変更を検討する場合には、他の財務報告制度や開示制度一般との関係性を含めて、全面的な制度の見直しが必要ではないかと思われる。

すなわち、内部統制報告制度は、効率性と有効性という2つの軸で考えることが基本である。効率的の観点からは、基準に求められていない実務対応を整理すること、より効率的な実施を図ることができるように各企業の経験を集積し共有することなどが考えられる。有効性の観点からは、訂正内部統制報告書の背景等を分析し、不十分な評価を行い、後日、問題が生じたならばその時に訂正すれば良いといった安易な評価姿勢を抑制することが必要である。また、欧州型のガバナンス報告書への統合を目指すのであれば、会社法の内部統制関連規定との関係を整理するとともに、会社法において内部統制の構築責任等に関する明文規定を置くことが必要であろう。今後の見直しに際しては、そもそも何のためにこの制度を導入したのかという原点に立ち返って考えるべきであろう。

将来的にはわが国上場企業も連結財務諸表上、国際財務報告基準(IFRS)に準拠して財務報告を行うことが十分想定される。IFRSに移行した際にも耐えうる内部統制報告の構築、整備、運用が今まさに求められている。内部統制報告制度が導入されている下でのIFRS導入は、欧州では未経験の実務であり、わが国が世界で初めて経験するものである。

一般的にいって、IFRSに対応した内部統制も現行の財務報告の適正性を確保するための内部統制と基本的な枠組みは変わらない。日本基準による財務報告に係る内部統制の強化は、IFRSに準拠した財務報告に係る内部統制へ移行したとしても重要な基盤になる。とはいえ、細則主義ルールベースから原則主義プリンシプルベースへの移行により、ルールに従っているか否かをチェックすることに主眼を置いた内部統制から経営者が自らの判断で主体的に企業の経済的実態を示す会計処理を選択することに主眼を置いた内部統制に移行し、質の異なる内部統制が求められることになると考えられる。特に、内部統制報告のための文書化作業は、原則主義のIFRSの適用時には、会計判断をある程度詳細に記録、保存していくものとなることから、経営者のイニシアティブの下に戦略的な視点に立って、IFRS適用を見据えた記録・保存のあり方、業務プロセスの変更への対応方法、情報システムの変更に対応したIT統制のあり方などを考えるべきであろう。その意味では、内部統制報告制度の効率化の措置は概ね対応が図られたものの、制度の有効性を確保するための措置については、まだ検討の余地があると解される。

以上の点を踏まえて、わが国財務報告制度の全般的な最適設計の一環として内部統制報告制度のあり方を検討することが必要であり、IFRSが適用されることによって、内部統制は、必然的に見直しないし再構築を求められることになるであろう。将来的には、IFRSの導入のタイミングこそが、内部統制報告制度のより本質的な、あるいは制度の趣旨に沿った適用への再改定のタイミングであると考えられる。IFRSの下で、企業の経営者が下した判断を適時、適切に文書化するとともに、それに沿う形で、より一層トップダウン型のリスク・アプローチの適用が徹底された内部統制の評価・報告が実施される制度が志向され、同時に、IFRSの導入に伴って、さまざまな財務報告制度が再検討を求められる中で、内部統制報告制度も、それらの制度とともに、適正な財務報告の一環として位置づけられることが期待されるのである。