ノンテクニカルサマリー

株式所有構造の多様化とその帰結:株式持ち合いの解消・「復活」と海外投資家の役割

執筆者 宮島 英昭 (ファカルティフェロー)
新田 敬祐 (ニッセイ基礎研究所)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア:日本企業システムの進化と世界経済危機のインパクト
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

日本企業の株式所有構造は、1997年の銀行危機以降、かつてのインサイダー優位のそれからアウトサイダー優位の構造へと大きく転換した。この転換の中心は、株式持ち合いの解消と海外投資家のプレゼンス上昇にあった。本稿の課題は、所有構造のこの劇的な変化の実態、およびその決定要因と帰結を、株式持ち合いと海外投資家に焦点をあてて分析し、今後の所有構造の方向とその企業統治への含意に関して見通しを得る点にある。

株式持ち合いについては、2000年代半ばに解消局面から再強化局面へと再転換するが、これは銀行・事業会社間の持ち合いという過去への回帰ではなく、事業会社同士の持ち合い強化という新たな動きであったこと、しかし、その規模は小さく、制約も大きいため、インサイダー優位の構造に復帰する可能性は小さいことが示される。もっとも、この時期に持ち合いを強化した企業には、2つの異なるタイプが存在した。一方では、国際競争力の強い一部の大企業が「戦略的提携」の一環として持ち合い比率を高め、他方では、株主からの圧力が強い、あるいは経営者の私的便益が大きいなどの特徴を持つ企業が、エントレンチメント動機から持ち合いを強化したのである。

他方、海外投資家については、その銘柄選好にホームバイアスと関連する特定の偏りがあることが改めて確認される。これに加えて企業統治(取締役会の構成)も重要な銘柄選択要因であり、海外投資家は1990年代には小規模取締役会に対して、2000年代になると外部取締役に対して選好を強めていた。つまり、株主重視の経営姿勢にはプレミアムが付加されていた可能性が示唆される。しかも、海外投資家のプレゼンス上昇が、その銘柄選好を考慮しても、企業パフォーマンスを引き上げる効果を持ったことが明らかにされる。

以上の分析結果は、1990年代前半の企業規模、海外市場における名声、企業パフォーマンスの差が、機関投資家の銘柄選好と、資本政策や経営改革に関する企業の自己選択を介して、所有構造の分化を生み、この所有構造の差が、それ自体の規律付け効果や経営組織改革の促進効果を通じてパフォーマンスの格差をさらに増幅、ないし固定化するというダイナミックなプロセスを示唆する。

この点は、(1)海外投資家に選好されるのと並行して、持ち合い解消を積極化させた企業群(強い外部モニタリング、SM)と、(2)海外投資家の投資対象から除外される中で、むしろ、市場からのモニタリング圧力を回避するために持ち合いを維持・強化した企業群(弱い外部モニタリング、WM)とを比較することで鮮明となる。下図は、各基準年において(1)と(2)のグループを識別し、その後6年間のROAの推移を追跡したものであるが、両グループのパフォーマンス格差は、このダイナミックな過程により、企業統治改革が進展した2000年代になって増幅されたのである。

図:株式所有構造の分化がもたらすダイナミックな過程
図:株式所有構造の分化がもたらすダイナミックな過程

所有構造の分化の結果、アウトサイダー優位の構造となった企業群では、企業統治メカニズムが従来の内部者による統治から、株式市場のモニタリング機能に依拠したものへとシフトした。しかし、アウトサイダー優位の所有構造は、内部者による企業統治がいぜん合理性を持ち、高い経営効率と強い競争力を発揮する日本企業にとっては安定的でない。高いアウトサイダー保有比率は、外部者による経営への撹乱的介入の可能性をも高めるからである。ここに一部の企業で、「戦略的提携」などの形をとった経営権確保の動きが繰り返される理由がある。このタイプの企業群に対しては、持ち合いに依存しない形で経営権の安定を維持し、同時に機関投資家との適切な関係作りを促す仕組みの設計が重要な政策課題となる。

他方、その対極には、機関投資家の投資対象から除外される中で、持ち合いに依存する企業群も無視できない規模で存在する。こうした企業群では、銀行部門の再編と当該企業の借入依存度の低下の結果、メインバンクによる規律が後退し、株式市場のモニタリングも機能していない。すなわち、企業統治面での空白が深刻である。こうした企業群については、持ち合いの解消を促進する規制、あるいは債権者である銀行のより積極的な関与を可能にする制度設計が、今後の重要な検討課題となろう。