執筆者 | 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/Victoria KRAVTSOVA (一橋大学)/中島 賢太郎 (東北大学) |
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研究プロジェクト | 産業・企業の生産性と日本の経済成長 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「産業・企業の生産性と日本の経済成長」プロジェクト
集積の経済効果を生み出す重要な要因の1つとして生産性の高い事業所の存在が技術知識の波及等を通じて近隣の事業所の生産性を改善する可能性があることは、これまで多数の研究によって指摘されて来た。しかしほとんどの先行研究は集計データに基づいており、本来事業所間で生じていると考えられるミクロ的な生産性波及が、正しく捉えられていなかった可能性がある。本稿ではこのような事業所生産性の波及効果について、その分析のためにより適切と考えられる事業所個票データを用いて捉えることを試みたものである。
本稿ではまず、事業所レベルの生産性を正しく推定するため、工業統計調査個票と、Data Envelopment Analysis (DEA)分析と呼ばれる生産性推計のための統計手法によって、各事業所の生産性を推定した。続いて、この推定された事業所レベル生産性に基づいて、生産性を波及させる役割を持つと想定される最も高い生産性を持つ事業所を同定した。全体で1000個程度存在するこれら高生産性事業所からの生産性波及を捉えるため、本稿では、各事業所における、各高生産性事業所までの地理的距離の総和の逆数を潜在的生産性波及指数と定義し、これによって潜在的な生産性波及の量を測ることを試みた。この概念は以下の図によって示されるものである。
つまりこの概念は、事業所間生産性波及が地理的距離によって減衰する効果を取り入れた生産性波及のモデルに基づいて構成された生産性波及指数といえる。
このようにして定義された指数と事業所の生産性との関係について本稿では回帰分析による分析を行った。その結果、確かにこの潜在的生産性波及指数は事業所生産性に対し、統計的に有意な正の影響を持つことが示された。また、その効果は事業所特有の効果、および産業、立地地域の効果を制御してもなお頑健であった。この結果は、日本において高生産性企業からの生産性波及が実際に起きており、またそれが地理的距離によって減衰していることを示唆している。またこの結果は、特定地域に事業所が集中立地する産業集積地や都市部に立地する事業所の生産性が高い傾向にある事実と整合的であり、集積の経済効果を事業所レベルのデータで確認したものといえる。このような結果はまた、現在進められている産業クラスター政策のような、産業集積促進政策を実証的にサポートするものともいえる。
さらに本稿ではOECDによって定義された産業分類ごとにこの分析を行った。その結果、ハイテク産業以外の産業においてこの生産性波及効果は頑健に観察されたのに対し、ハイテク産業に分類される産業についてはこの効果が見られないことが明らかとなった。技術知識の重要性などから、最も集積効果が発揮されることが期待されるハイテク産業において生産性波及効果が見られなかったことは、今後より詳細な分析が求められるところであるが、本稿の結果は、これらの産業では、生産工程が近接していることを通じた技術知識の波及よりも、研究開発活動の近接性や取引関係を通じた波及、専門労働者のプーリングを通じた波及、等が重要な役割を果たしていることを示唆していると解釈できるかもしれない。