ノンテクニカルサマリー

再考:日本における生産性格差と企業の参入・退出行動―工業統計調査を用いた新しい生産性指標

執筆者 川上 淳之 (リサーチアシスタント / 学習院大学経済経営研究所)/宮川 努 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「産業・企業の生産性と日本の経済成長」プロジェクト

ミクロデータを使ったこれまでの生産性分析では、企業間には生産性格差が存在し、それはかなり持続的であることや、企業の参入・退出が、集計された生産性に影響を与えることが示されている。日本における分析では、Nishimura et, al (2005)やFukao and Kwon (2006)などがあるが、それらの分析では、企業間の生産性格差は見られるが、純参入効果はそれほど大きくなく、企業内の生産性向上効果が、全体の生産性変動に大きな影響を与えるとの結果を得ている。

ただし、以上の結果には需要側の要因によって影響を受けた生産性の変動要因が混在している可能性がある。Foster, Haltiwanger, and Syverson (2008)(以下、FHS)では、この需要要因を取り除いた物的単位でのTFP (TFPQ)を計測している。本研究でもFHSにならい、工業統計調査を利用して、TFPQを計測した。この指標を使って需要効果を抽出するとともに、企業の新陳代謝がどの程度技術的な効率性の要因によるか、需要要因の影響はどの程度かを再考した。結果は以下の通りである。

(1)FHSと同様、物的産出量は、産出価格と負の相関性を有している。このことは、事業所が右下がりの需要曲線に直面していることを示している。
(2)こうした需要要因を取り除いた純粋に技術的な効率性指標である物的TFP (TFPQ)は、従来のTFPよりも、変動が大きく、従来のTFPと同様、企業間格差は持続的であることを確認した。
(3)参入企業のTFPQは、既存企業よりも必ずしも高くはないが、参入後に生産性が上昇するLearning by doingの効果が見られる。これは、川上・宮川 (2008)と整合的である。また、需要要因の低下は、退出確率を高める。
(4)技術的な効率性に焦点をあてた生産性変動要因の分解では、純参入効果は大きくなり、内部効果は縮小する。この点は、従来の日本での分析と対照的な結果である(以下の表を参照)。

表:生産性変動要因の分解(事業所ベース)
表:生産性変動要因の分解(事業所ベース)

以上の結果から、純粋に技術的な効率性に着目すれば、事業所間の生産性格差は、これまで以上に大きく、技術的要因による参入・退出は供給サイドの生産性変動の最も重要な要素である。したがって本論文の結果は、技術的に優位性のある新規企業の参入を促し、これを育成していく政策の妥当性をこれまで以上に裏付けるものとなっている。同時に、本論文では需要要因が生産性変動や退出行動に深く関わっている事を示しており、どのような産業に需要を配分していけばよいかということが、経済全体の生産性の向上に大きな影響を与える可能性を示唆している。

参考文献

  • Foster, Lucia, John Haltiwanger, and C.J. Krizan (2001), "Aggregate Productivity Growth: Lessons from Microeconomic Evidence," Edward Dena, Michael Harper, and Charles Hulten eds., New Development in Productivity Analysis, The University of Chicago Press, Chicago, pp. 303-363.
  • Fukao, Kyoji and Kwon, Hyeog Ug (2006), "Why Did Japan's TFP Growth Slow Down in the Lost Decade? An Empirical Analysis Based on Firm-Level Data of Manufacturing Firms," Japanese Economic Review, Vol.57, pp. 195-228.
  • Nishimura, Kiyohiko G., Nakajima, Takanobu and Kiyota, Kozo (2005), "Does the Natural Selection Mechanism Still Work in Severe Recessions? -- Examination of the Japanese Economy in the 1990s," Journal of Economic Behavior and Organization, Vol.58, No.1, pp. 53-78.
  • 川上淳之・宮川努 (2008) 「第9章 新規参入企業の生産性と資金調達」 『生産性と日本の経済成長-JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析-』 東京大学出版会。