このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業生産性」プロジェクト
本研究は、これまでデータ制約などの問題からあまり研究が進められていなかったサービス産業の中小企業に関して、生産性やマークアップといった企業特性と市場の広さとの関係について、実証的に分析したものである。経済のグローバル化の進展に伴い、どのような企業がより広い市場で活躍できるのか、外国企業のローカル市場への参入が地元企業にどのような影響を与えるのかという問題は、最近10年間に特に注目を集めてきているが、実証分析の多くは製造業を対象にしたものであり、GDPの70%に上るサービスセクターについては必ずしも明らかにされてこなかった。また、全企業数の99%超を占める中小企業に焦点を当てた研究も進んではいない。こうしたギャップを埋める研究によって、経済のグローバル化に対応した産業政策・成長戦略へのインプリケーションを得ることが本研究の目的である。
このような研究目的に合わせて、本研究ではMartin (2010) の手法を用いて「中小企業実態基本調査」から企業レベルの生産性とマークアップを推計し、その結果を中小企業庁が2007年11月に実施した「サービスの生産性向上に関する実態調査」と組み合わせて、企業パフォーマンスと市場の広さの関係を分析した(注1)。以下の図1、2はそれぞれ市場の広さ別に生産性とマークアップの分布を示している。これらの図は、市場が同一・近隣市町村に限定される企業の生産性が低く、逆にマークアップは相対的に高いことを示している。一方で海外市場に展開している企業の生産性は相対的に高く、マークアップは低い。この結果は「より広く、より統合された市場において生産性は高くなり、マークアップは低くなる」というMelitz & Ottaviano (2008) モデルの予測がサービスセクターの中小企業にも当てはまることを示している。したがって、サービスセクターについても、企業のより広域市場(含海外)への積極的な展開をサポートする政策には根拠があると考えられる。一方で生産性の低い限定地域内企業が高いマークアップを得ている理由については、慎重な検討が必要である。仮にこのような高いマークアップが個々の企業による差別化努力によるものであれば、それは異なる戦略を持った企業間競争の結果であり、特に問題にはならない。しかしながら、集計レベルで「市場の狭い企業は差別化に成功しており、市場の広い企業は差別化出来ていない」と考えることは妥当であろうか? むしろ、「何らかの理由で既存企業に対する外部からの参入による競争圧力が不足していることによって、こうした相対的に高いマークアップが維持されているため、生産性向上も図られていない」という解釈の方が、より説得力があるように思われる(注2)。この場合、考えられる参入阻害要因としては規制の存在がまず疑われるが、現在の日本では情報通信業、流通業、ビジネスサービスなど本研究の対象産業に非競争的規制は設けられていないため、規制がその原因とは考えられない。それよりは、「そうした狭い地域内に参入して、収益性のある事業を展開するために必要なビジネスモデルが不足しているために、外部からの参入が進まず、競争も発生していない」という可能性の方が疑われるべきであろう。この場合、外国企業が持っている優れたビジネスモデルの紹介や、日本企業自身による新たなビジネスモデルの開発といったサービス産業におけるイノベーション支援を通じて、こうしたギャップを埋めることは重要な産業政策になるものと考えられる。
この分析の妥当性を検証し、具体的な政策に生かすには、市場の異なる企業の活動に関するさらに詳細な研究が必要であろう。しかしながら、本研究は経済グローバル化の下での産業政策・成長戦略を考えるに際して、技術的な効率性としての生産性だけでなく、価格力の多様性も重要な意味をもっていることを強く示唆している。
(注)上記2図において、1=国内・海外を問わずおよび海外、2=国内全域、3=近隣都道府県・同一県内、4=近隣市町村・同一市町村、5=競争相手なし、である。
脚注
- ここでは市場の広さは顧客の分布している地域で定義している。
- 地域内に特化したサービスで差別化に成功している企業の存在を否定するものではない。