ノンテクニカルサマリー

海外アウトソーシングと企業の技術知識の関係:日本の企業データによる実証分析

執筆者 伊藤 萬里 (研究員)
冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
若杉 隆平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本企業の海外アウトソーシングに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域III (第二期:2006~2010年度)
「日本企業の海外アウトソーシングに関する研究」プロジェクト

問題意識

企業のグローバルな外部委託は国際競争力を高める手段としてその重要性を増している。筆者らの算出によると日本の製造業企業の付加価値額に占める中間財の輸入額の割合は、2000年の1.4%から2008年には5%へ拡大している。こうした外部委託による調達活動には大きく分けて2つの意志決定を伴う。1つは国内あるいは海外のどちらのサプライヤーを選択するかという問題であり、いま1つは資本関係を持つグループ内企業から調達するかあるいは資本関係を持たない企業から調達するかという問題である。

どの調達モードを選択するかという意志決定には企業の技術知識の水準が影響を与えるものと考えられる。調達に際してサプライヤーへの技術の提供により技術漏洩の危惧がある場合、企業は資本関係を持つサプライヤーからの調達を選択する。他方で、その逆に研究開発(R&D)集約的な企業であるほど外部委託に積極的であるという見方もある。近年の情報通信技術の発展や、グローバルな競争の激化、技術の複雑化などの要因により、企業のR&D活動は自前主義から外部資源を活用した"オープン・イノベーション"へと変化しつつある。このため、研究開発に積極的な企業であるほど、調達ネットワークや戦略的提携、共同研究などの枠組みを通じて、外部資源を活用したイノベーションに成功しているとも考えられる。

分析結果の概要

この研究では、日本企業のデータを利用して、外部委託モードの選択と企業の研究開発(R&D)レベルとの関係を実証的に明らかにしている。下表は、本研究において利用可能な企業データから識別可能な4つのモード((1)海外サプライヤー・資本関係有り、(2)海外サプライヤー・資本関係なし、(3)国内サプライヤー、(4)外部委託なし)について、その委託元の企業属性を示したものである。

表:日本企業の業務委託先と委託元の企業属性との関係
表:日本企業の業務委託先と委託元の企業属性との関係

記述統計的な分析から、海外の資本関係のある関係会社からの調達を選択する企業は、表の上端に示す通りすべての企業属性について最も高い値を有しており、その次に資本関係を持たない海外サプライヤー、国内サプライヤー、契約を伴う外部委託による調達なしの順に値が低下する傾向が資本労働比率を除いて確認できる。分析ではさらに、各企業属性が選択に与える影響の大きさを検証するため、計量分析を実施している。その結果は主に次の3点にまとめられる。

  • 調達の意思決定に影響を及ぼすと考えられる企業属性の中で、R&D集中度と特許保有の有無が与える影響の度合いが最も顕著であった。
  • 海外への業務委託はR&D集中度が高い企業ほど盛んである。ただし、業務の委託先は海外のグループ子会社であり、技術流出や訴訟リスクを恐れて内部化している。
  • たとえ企業外への業務委託を選択しても特許権によって自社の技術知識が保護されるならば問題とならないことも考えられたが、この内部化の傾向は特許保有企業であるほど強く見られた。

政策的な含意

企業の外部委託による調達には、サプライヤーへの技術提供が欠かせない。したがって、海外への業務委託の際には委託先への技術輸出を伴う。本研究の結果によれば、R&D集約的な企業は海外への業務委託に積極的であり、特に資本関係を持つ関係子会社への委託を選択する傾向が強い。総務省『科学技術研究調査』によると、技術輸出総額の約7割は50%出資超の資本関係を持つ海外の関係子会社へ向けられており、この結果と整合的と考える。政府は「知的財産推進計画2010」の中で、現在2兆円規模の技術輸出額を2020年までに3兆円に増額させる目標を立てている。他方で、技術輸出は海外調達活動と表裏一体の関係にあり、R&D集約的な企業の多くが最も効率的な委託先として海外子会社を選択していること、その背景として仕向地での知的財産権保護や契約履行などの法整備が十分でないことなどに留意する必要があろう。技術輸出の促進のためには、こうした企業のグローバルな調達活動のメカニズムの解明が求められる。