ノンテクニカルサマリー

カナダの特別生乳分類制度と農業補助金の経済分析

執筆者 阿部 顕三 (大阪大学)
研究プロジェクト WTOに関する総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域III (第二期:2006~2011年度)
「WTOに関する総合的研究」プロジェクト

本研究は、カナダの特別生乳分類制度を取り上げ、間接的に輸出と関連している産業の政策や制度を農業補助金と認定する際の基準ついて経済学の観点から理論的に考察している。「商業的輸出乳・クリーム(commercial export milk or cream: CEM)」は、カナダの特別生乳分類制度において創設された輸出市場向け生乳の分類である。この分類の生乳は生産割当制度の管理外で生産することができ、取引条件も当事者間で自由に決定される。この分類の創設により、一方では国内市場向けの生乳が高価な管理価格で取引されるのに対して、輸出向けに加工業者に販売される生乳は低価格で取引されることとなった。生乳は直接に輸出されるものではないが、安価な生乳を用いて生産されるチーズなどの加工品は低価格で輸出されることになるため、この制度が輸出補助金と類似した効果を持つと考えられる。この問題はWTOにおける紛争となり、上級委員会は、生乳生産者の「総平均費用」よりも輸出市場向けの生乳価格が低ければ輸出補助金と見なすという判断を下した。

本論文は、国内に生乳生産者と生乳の加工品を輸出するチーズ生産者が存在するような簡単な経済モデルを作り、まず、国内市場向け生乳に対する高管理価格(あるいは生産量の管理)の導入が他の財の生産量や価格に及ぼす影響を分析した。さらに、その制度の導入によって、生乳生産者が「総平均費用」よりも低い価格で輸出市場向け生乳を販売するか否かについて分析を行った。なお、議論を簡単にするために生乳の市場は無視し、図のような枠組みを用いた。


図

主要な結論は次の通りである。第1に、輸出市場向けの生乳価格が管理価格よりも低くなるのは、加工品であるチーズの市場において貿易障壁や貿易制限が存在し、チーズの国内価格が国際価格よりも高くなっている場合である。もし、チーズ市場(川下産業の市場)において自由貿易が行われていれば、生乳に関して管理価格制度を導入しても輸出向け生乳の価格は管理価格と等しくなる。したがって、直接に貿易取引と関係しない生乳市場(川上産業の市場)における政策や制度を問題とする前に、貿易取引と直接に関係しているチーズ市場の貿易制限を撤廃すべきである。第2に、カナダの特別生乳分類制度のような制度を導入しても、輸出市場向け生乳の価格は生乳生産者の「総平均費用」よりも低くなるとは限らない。特に、生産性(あるいは平均費用)の異なる生乳生産者が存在する場合にはその可能性は高くなる。したがって、輸出補助金の認定基準に「総平均費用」を用いても、カナダの生乳分類制度のような制度が輸出補助金と見なされない可能性がある。