ノンテクニカルサマリー

日本における人的資本の計測

執筆者 宮澤 健介 (リサーチアシスタント / 日本大学)
研究プロジェクト 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

経済成長においては、マクロ経済の生産性をいかに高めていくか、という点が重要になってくる。政策的に生産性を上昇させる1つの方法が教育であり、教育などによって高められた労働者の能力は物的資本と対比して人的資本と呼ばれる。教育にはさまざまな役割があることが指摘されるが、今後日本の経済成長率が低下することが予想され、政府の財政も厳しくなっていくなか、経済成長への貢献という側面も今後重視されていくと考えられる。

本研究は、労働者の教育年数を正確に計測することで、戦後の日本経済において人的資本が果たした役割を明らかにし、将来的に教育政策が経済成長に貢献できる部分を定量的に分析した。戦前では小学校6年間のみが義務教育だったのに比べ、戦後は中学校までの9年間が義務教育となり経済発展と共に高校進学率も上昇したことが、高度経済成長において非常に重要であったことが判明した。一方今後については、現時点で約半数の高校卒業者が大学に進学し短大や専門学校も普及していることから、今後より一層高等教育の進学率を上げ教育を量的に増やしたとしても、経済成長に貢献することはほとんどできないことも明らかとなった。

下図は、就業者の平均就学年数を表している。「Data」は本研究で計測された2007年までの実現値、「Prediction」は2007年の進学率等が今後も継続した場合の将来の値、「Counterfactual」は政策的に2007年以後の就業者全員の就学年数を16年つまり全員大卒にした場合の値である。1990年から2007年までの平均就学年数は上昇しており(Data)、今後もこの傾向は続くと考えられる(Prediction)。政策的に就学年数を上昇させた場合には(Counterfactual)、より一層の平均就学年数の上昇が見込まれるが、そうしない場合に比べて就学年数は2030年で0.6年しか上昇せず、経済成長率への寄与も年平均0.05%と非常に小さい値になっている。

この結果は、経済成長に対する政策として量的な教育の拡大が限界に達していることを示唆している。上でも述べたように、すでに日本の大学進学率は50%に達しており、大学に進学しない人でも短大や専門学校で学ぶ人も多い。労働力人口の全てが働くわけではなく、高学歴者ほど就業率が高いことを考慮すると、就業者の就学年数を伸ばすことは容易ではない。また、大学・大学院などの高度な能力を求められない仕事が一定数存在するのも事実であり、大学・大学院教育が個人の生産性に限界的に寄与する部分は相対的に小さいことが知られている。特に地方の私立大学では学生数の少なさから経営に苦しむところが増えているが、このことも高等教育への需要の飽和を示唆している。その他にも、教育を受けることはその期間に働くことができないという機会費用があることも忘れられてはならない問題である。

今後、経済成長において教育が貢献できる部分は、初等・中等教育における学習達成度の向上や、高等教育における研究の推進など、質の部分にあると考えられる。日本の初等・中等教育はその質の高さが認められてきたが、近年ではPISA(Programme for International Student Assessment)の調査にもあるように相対的な達成度が低下しつつある。現在もいわゆる「ゆとり教育」の見直しが進められているが、今後もより一層の初等・中等教育の改善が期待される。一方、高等教育機関においては、国際的な研究成果が不十分であることが指摘されている。ここでも一定の改革が進められているが、今後も日本の科学技術力を高い水準に保ち経済成長を達成していくには、今以上の資源の選択と集中が求められている。

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