ノンテクニカルサマリー

企業と銀行のリレーションシップは信用保証制度の効果を高めるか:緊急保証制度に関する実証分析

執筆者 小野 有人 (日本銀行金融研究所)
植杉 威一郎 (上席研究員)
安田 行宏 (東京経済大学)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

金融危機とそれに続く景気後退を受け、政府は、08年10月末に緊急保証制度を導入した。総額36兆円の枠が設定された同制度は、危機により資金繰り難に直面した中小企業を助けることを目的としていた。緊急保証制度は、所期の目的を達成したといえるのだろうか。本稿では、企業と銀行のリレーションシップが緊急保証制度の効果に与える影響に焦点をあて、メインバンクを経由した保証である場合に、企業の資金繰りやパフォーマンスがどのように変化するかを実証的に分析する。

企業と金融機関の密接な関係(リレーションシップ)が保証制度に及ぼす影響として、2つの可能性が考えられる。まず、企業と金融機関のリレーションシップが、制度が効率的に機能するうえで役に立つ可能性である。企業と密接な関係を築いているメインバンクであれば、貸出先企業に関するさまざまな情報を入手し、危機後の業績回復見込みの高い企業を識別できるはずである。ただし、企業の資金需要額が大きい場合やメインバンクのリスク回避度が高い場合、これら企業の一時的な資金繰りを支援する目的で、メインバンクは緊急保証制度を補完的に利用するインセンティブをもつ。業績回復見込みの高い企業に対する支援であるため、企業の資金繰りだけでなく、事後的なパフォーマンスも平均的にみて改善する。

それとは反対に、企業との密接な関係を利用して、メインバンクが信用保証制度を悪用する(利益相反的な行動に出る)可能性もある。信用保証協会よりも情報優位にあるメインバンクは、業績悪化が見込まれる企業に対して、緊急保証付貸出を行うと同時に、保証なしで提供していたプロパー貸出を減らして自らの与信リスクの量を小さくするインセンティブをもっているからである。この場合、保証付貸出の増大がそれ以外の貸出の減少により相殺されるため、企業の資金繰りは必ずしも改善せず、事後パフォーマンスも悪化する。

企業と金融機関の関係を特定したミクロ・データを用いた分析の結果、後者の可能性が高いことが分かった。緊急保証を利用する企業と利用しない企業の間で、資金繰りやパフォーマンスの変化にどのような違いが生じるかを検証したのが、図表である。メインバンクとの取引とメインバンク以外との取引に分けて、緊急保証制度の影響を示している。緊急保証を利用することにより、借入先金融機関によらず、企業の資金繰りは改善している。しかし、メインバンクとの取引では、緊急保証付借入れの半分以上がメインバンクからの既存借入れの減少で相殺される傾向にある。加えて、メインバンクから緊急保証付き借入を得た企業では、保証利用1年後の売上が減少したり信用評点が悪化するなど、事後的なパフォーマンスも悪化している(2年後のデータがまだ入手できておらず、パフォーマンスの低下した企業が最終的に代位弁済を必要とするような段階まで経営悪化したかどうかを確認できていない点には留意が必要である)。一方で、メインバンク以外から緊急保証付借入れを得た企業では、こうした実証結果は得られていない。

緊急保証制度は、企業の資金繰りを改善する点では総じて効果をあげたと評価できる。しかし、問題は、情報優位にあるメインバンクは利益相反的な行動をとるインセンティブをもっているにも関わらず、それを抑制する手立てが、緊急保証制度に欠如している点にある。本稿の実証結果は、こうした懸念が無視しえないことを示唆している。

本稿の結果を踏まえると、保証付貸出を行う金融機関への規律付けを高める方策が求められる。たとえば、米国中小企業庁におけるCertified lender programやPreferred lender programの場合、デフォルト率などの保証付貸出の事後パフォーマンスに応じて金融機関を差別化(審査権限の委譲、審査期間の短縮化等)している。また、保証付貸出の対象を、銀行とのリレーションシップが十分でない新規開業企業に限定することによっても、金融機関の機会主義的な行動の抑制が期待できる。

図表:緊急保証利用企業と非利用企業における変数の変化
(保証利用時からおおよそ1年後までの変化)
図表:緊急保証利用企業と非利用企業における変数の変化
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