ノンテクニカルサマリー

貿易自由化と海外直接投資―企業の異質性を踏まえたマイクロデータによる実証分析―

執筆者 早川 和伸 (アジア経済研究所新領域研究センター)
松浦 寿幸 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

近年、途上国向け、とりわけ東アジア向けの海外直接投資が増加している。中でも、新規に投資を行っている企業に注目すると、その多くは比較的規模が小さく、生産性の低い企業であることが知られている。こうした傾向の背後にあるメカニズムを分析するために、本研究では、東アジアで広くみられる国際分業を伴う垂直的直接投資を明示的に分析に取り込み、また、同一産業でも生産性が異なる企業が併存しているという、いわゆる企業の異質性を考慮した理論モデルを構築し、さらに得られた仮説を、日本企業の企業レベル・マイクロデータによって検証した。

まず、本稿の理論モデルでは、企業の生産形態として輸出企業、垂直的直接投資企業、水平的直接投資企業の3つのタイプの生産・販売形態を持つ企業が考慮されている。輸出企業は、自国のみに生産拠点を持ち、外国市場には貿易コストを支払って、財を供給する企業であると考える。一方、直接投資企業は、海外に生産拠点を持つ企業を指す。水平的直接投資企業は、国内と海外に、それぞれ一貫生産工程のある生産拠点を持つのに対して、垂直的直接投資企業は、国内で中間財を生産し、それを海外の生産拠点に輸送して、組立を行うといった工程間分業を伴う企業であると考える。結果として、海外に生産拠点をもつ企業は、より生産性の高い企業であることが示される。また、海外に進出する際に求められる生産性水準(生産性のカットオフ)は、進出国の経済環境によって異なり、たとえば、海外における労働コストやカントリーリスクが低いほど、生産性のカットオフが低下する、すなわち、生産性の低い企業でも海外に拠点を持つことが可能となる。ここで、興味深いのは、貿易コストの影響であり、水平的直接投資と垂直的直接投資に対して、対照的な影響をもたらす。すなわち、水平的直接投資の場合、輸出を現地生産で代替することにより、貿易コストを節約できることに利点があるため、貿易コストが低下すると、海外生産のメリットが失われてしまう。一方、垂直的直接投資の場合、貿易コストが低下すると工程間分業によるコスト節約効果が大きくなるため、生産性の低い企業でも生産拠点を海外に新設することで利益を上げることが可能となる。

我々は、理論モデルから導かれた仮説を検証するため、経済産業省の「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」を個票レベルで接続したデータベースを構築し、生産性(全要素生産性、Total Factor Productivity, TFP)を含む企業属性と進出国の経済環境が、企業の各国市場への進出の意思決定に及ぼす影響について分析した。ここでは、各企業は、各国市場に進出する際に、水平的直接投資(Horizontal FDI, HFDI)か、垂直的直接投資(Vertical FDI, VFDI)を同時に選択していると考え、多項離散選択モデル(Multinomial logit モデル)を推定することにより、その影響を検証している。

推定結果は、表1に示されている。特に注目に値すべきは、生産性(TFP)と各国の関税率(Tariff)の交差項(x Tariffの行)の係数(Coef.の列)であり、水平的直接投資(HFDI)についてはプラスになっているのに対して、垂直的直接投資(VFDI)についてはマイナスになっている。これは、水平的直接投資の場合、関税率が下がると生産性のカットオフが上がり、生産性の低い企業の直接投資が困難になることを示す。一方、垂直的直接投資の場合、関税率の低下は、生産性のカットオフが下がり、生産性の低い企業の直接投資が容易になると解釈することができる。

表1:多項離散選択モデルの推定結果
表1:多項離散選択モデルの推定結果

本稿の分析から、これまでのアジア地域における関税率の引き下げが、同地域における貿易の活性化のみならず、工程間貿易を伴う海外直接投資を促進し、さらに、その影響は、比較的企業の小さい企業にも広がっていることが示唆される。今後、同地域において、さらなる貿易自由化が進展するならば、より多くの企業の海外進出が進展するものと期待される。