ノンテクニカルサマリー

多国籍企業の活動構造は技術スピルオーバーに影響を与えるか?

執筆者 神事 直人 (京都大学)
張 星源 (岡山大学)
春名 章二 (岡山大学)
研究プロジェクト 「国際貿易と企業」研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

技術・知識の国際間スピルオーバーが各国の経済成長に貢献していることは、多くの先行研究によって確認されている。また、外国直接投資(FDI)が技術・知識のスピルオーバーに関して重要な役割を果たしていることを示す分析結果が、複数の国のデータによって示されてきている。

FDIには大別して水平型と垂直型の2タイプがある。前者は主に投資先の国の市場に製品を供給することを目的としたFDIであり、後者は生産工程の一部を生産費用の安い外国へ移転して生産費用を削減することを主な目的とした投資である。このようなFDIのタイプによって技術・知識のスピルオーバーがどのように異なるかを分析した研究はこれまでにない。そこで本研究では、経済産業省『海外事業活動基本調査』の企業レベルデータと米国特許庁および日本の特許庁における特許引用データを用いて、日本企業の対外直接投資と技術スピルオーバーとの関係について分析を行った。

データ上で国際間の技術スピルオーバーを捉える方法はいくつかあるが、近年注目されているのが特許引用データを用いる方法である。特許引用とは、発明者が特許を申請する発明を行う際に参考にした既存特許を、特許申請時に明記したものである。したがって、特許の引用・被引用関係は知識の流れの方向を直接的に示す。本研究ではこのアプローチを採用している。たとえば、日本企業A社がB国に子会社をもっている場合に、B国内の企業が申請した特許にA社が保有する特許が引用されていれば、それはA社からB国への技術スピルオーバーがあったと解釈できる。逆に、A社が申請した特許にB国企業の特許が引用されていれば、それはB国からA社へ技術スピルオーバーがあったと解釈できる。なお本研究では、「ある企業の研究開発(R&D)の成果が他企業のR&Dの生産性を向上させる効果」という意味で「技術スピルオーバー」を捉えている。

FDIについて海外子会社の仕入と売上のデータから4タイプに分類した。子会社の売上・仕入ともに現地(ホスト国)の占める割合が高いタイプを「純水平型」、売上・仕入ともに本国(日本)の割合が高いタイプを「純垂直型」とした。また、売上は現地の割合が高く仕入は本国の割合が高いと「半水平型」、逆に売上は本国の割合が高く仕入は現地の割合が高いと「半垂直型」とした。売上と仕入に関して、現地または本国のシェアの値を掛け合わせて各タイプの程度を示す指標を構築した。

分析結果のポイント

親会社の特許申請数や、子会社が立地するホスト国の企業の特許申請数など、特許引用数に影響を与えると考えられる変数をコントロールし、さらにFDIのタイプ選択に関する内生性の問題に対処するなどして回帰分析を行った。その結果、ホスト国が先進国か途上国かでFDIのタイプが技術スピルオーバーに与える影響に違いがあることが分かった(図を参照)。ホスト国が先進国であるとき、FDIが純垂直型の場合、日本企業とホスト国間で双方向の技術スピルオーバーを促進する効果が見られた。また半垂直型に関しては、ホスト国から日本企業への技術スピルオーバーを促進する効果が見られた。他方、純水平型と半水平型FDIに関しては、いずれの方向についても統計的に有意な技術スピルオーバーがみられないか、または有意に技術スピルオーバーを抑制する効果がみられた。さらにホスト国が途上国であると、ほとんどのケースにおいて統計的に有意な技術スピルオーバー抑制効果がみられた。

表:FDIのタイプと技術スピルオーバーに関する回帰分析の結果
表:FDIのタイプと技術スピルオーバーに関する回帰分析の結果

インプリケーション

本研究では、FDIのタイプによって技術スピルオーバーを促進する場合とそうでない場合とがあることを明らかにした。特に、水平型FDIよりも垂直型FDIのほうが技術スピルオーバーを促進する効果があるという結果が得られた。しかも、純垂直型FDIの場合、スピルオーバーは双方向で促進されることが分かった。本研究は日本企業の対外直接投資を対象としたものであるが、得られた結果を外国企業の日本への対内直接投資に敷衍して考察するならば、外国企業から日本への技術スピルオーバーを促進するには純垂直型の投資を誘致することが有効であると考えられる。特定のタイプのFDIを誘致するような政策を実施するのはあまり現実的ではないが、たとえば日本におけるさまざまな製品基準・規格を国際基準・規格に調和させる政策は、日本への垂直型FDIを円滑化する効果が期待できるのではないだろうか。なぜなら、垂直型FDIは生産工程を分割して地理的に離れた場所で各工程を行うものであるが、国際基準・規格が採用されていると、生産工程の一部を日本で行っても基準・規格等に関する問題が発生しないからである。