ノンテクニカルサマリー

研究開発の知識源としての標準:その頻度とインパクトの発明者サーベイと特許書誌情報による最初の分析

執筆者 塚田 尚稔 (一橋大学)
長岡 貞男 (研究主幹)
研究プロジェクト 日本企業の研究開発の構造的特徴と今後の課題
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

標準は、ネットワーク外部性が重要である情報通信分野等のイノベーションにおいて、近年非常に重要になってきている。標準に盛り込まれたプラットフォーム技術の進歩は、それを活用した下流の研究開発を活発にし、それによる市場の拡大がプラットフォーム技術の進歩を更に促すことで、急速なイノベーションが情報通信分野では実現されてきた。しかし、このような好循環のメカニズムの詳細な実証研究は必ずしも多くない。本研究は、経済産業研究所において実施した日本の発明者サーベイと3極特許ファミリーの書誌情報を用いて、標準が研究開発への知識源として如何に重要か、特許による標準関連文献の引用がどの程度そのような知識フローを測定しているのか、またこれらが下流の研究開発のパフォーマンスをどれだけ高めるかを分析している。

分析の結果によれば、第1に、標準やその関連文献に盛り込まれている標準情報は、情報通信分野における研究開発プロジェクトの着想に重要な知識源となっている。たとえば、通信分野の発明では、10%の発明者が、標準関連文書が当該発明(発明者サーベイの対象となった発明)をもたらした研究開発の着想において非常に重要であったと回答している。

第2に、米国特許文献における書誌情報は、標準から発明への知識の流れを測るために有用ではあるが、その一部分しかカバーしていない。すなわち、引用が存在する場合の半分のケースでは、標準関連文書が研究開発プロジェクトの重要あるいは非常に重要な知識源として認識されているが、研究開発プロジェクトの重要あるいは非常に重要な知識源として認識されている場合でも4%程度のケースでのみ標準を引用している。

第3に、標準を知識源としている研究開発は、研究開発労力、科学文献や特許文献の利用度合いなどをコントロールしても、高い価値の発明や多数の特許をもたらす。その効果は科学技術文献と比べると低いが、特許文献よりも高い。また図1に示すように、民間の国際的なフォーラム標準を知識源としている特許の方が国内あるいは国際的な公的標準を知識源として利用する特許よりも、被引用件数が著しく高い(約2倍)。民間の国際的なフォーラム標準を引用している特許はより多くの研究開発資源(知識や発明者)を利用していることがその重要な原因の1つである。

本研究の重要な含意を述べる。第1に、標準は情報通信分野を中心に、研究開発への重要な知識源となっているので、標準組織は明確な開示政策を持つことが重要である。また特許庁においては、標準関連文書を先行文献情報としてカバーすることが重要である。第2に、下流の研究開発を促すような標準の形成を促進することが重要である。そのためには、最先端の技術を反映できるようなスピードの速さ、ネットワーク外部性を十分に発揮できる国際性の確保が重要であると考えられる。第3に、今回の研究で米国特許の標準文書の引用は、限定的ではあるが、標準文書から研究開発への重要な知識の流れを把握していることが明らかになった。このデータを使って標準機関の知識創出組織としての評価を行うこと等の可能性も明らかとなり、今後の研究の発展が重要である。

図1:各標準に依拠した発明の質 (各標準の追加効果、縦軸は特許の被引用回数の対数)
図1:各標準に依拠した発明の質
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