ノンテクニカルサマリー

景気循環会計の実証分析における有効性

執筆者 奴田原 健悟 (専修大学)/稲葉 大 (キャノングローバル戦略研究所)
研究プロジェクト 新しいマクロ経済モデルの構築および経済危機における政策のあり方
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

Kobayashi and Inaba (RIETI Discussion Paper Series 05-E-023)において、「景気循環会計(Business cycle accounting)」という手法を用いて日本経済の分析結果を示し、長期不況の原因としてどのような問題が重要だったのかを考察し、生産性だけでなく、労働市場の歪みも重要であることを指摘した。ただし、この新しい分析手法には理論的な問題点があることを我々は別の研究(Nutahara and Inaba RIETI Discussion Paper Series 08-E-015)において指摘した。もしもその問題点が、分析結果に大きく影響するのであれば、景気循環会計の結果に基づいて政策判断を行う場合に、判断をミス・リードしてしまう可能性がある。本稿では、景気循環会計によって、景気循環の要因分析を正しく推計することができるか、景気循環会計の実証的な有用性を検証した。

景気循環会計とは

V. V. Chari, P. J. Kehoe, E. R. McGrattanが提唱した景気循環会計(以下BCA)により、「財市場」、「労働市場」、「金融市場」の各市場にどの程度の大きさの「ゆがみ」が存在し、それらがどのように景気の変動要因となっていたのかを推計することができる。新古典派の最適経済成長モデルを仮定すると、各市場が効率的なときに理論的に成り立つはずの関係式がモデルから導出できる。たとえば、労働投入が効率的ならば、消費と余暇の限界代替率が労働の限界生産性と理論上等しくなるはずである。しかし、何らかの原因で労働投入が非効率になると、限界代替率と限界生産性は一致しなくなる。その不一致の度合いが労働市場の「ゆがみ(wedge)」になる。同様にして、設備投資や生産性についても「ゆがみ」を計測することができる。こうして測定された各市場の「ゆがみ」について、そのゆがみが有った場合と無かった場合で、経済がどのように変化するかをカウンター・ファクチュアルにシミュレーションすることができる。たとえば労働市場のゆがみが有る場合と、それが無い場合と比較することで、労働市場のゆがみがどのように景気動向に影響してきたのかを考察することができ、景気変動の要因分析が可能となる。

日本の景気変動の要因分析

応用例として、日本経済の1980年から2009年についてシミュレーションの結果を示したのが次の図1である。景気変動の要因を、「生産性(A)」、「労働市場のゆがみ(τl)」、「設備投資のゆがみ(τx)」、「財政支出」に要因分解した(注:ここでの財政支出のデータには先行研究に従い純輸出を含む)。それぞれの要因が国内総生産(GDP)に対して説明力を持っていたかを図1で示した。青い線はサンプル期間の成長率でトレンドを除去した実際のGDPのデータであり、4つのグラフでは共通している。一方、緑の線は各要因1つ1つが説明するGDPの動きである。たとえば、左上のグラフは生産性(A)の変化が説明するGDPの動きであり、実際のGDP(青い線)の動きをかなり説明していることがわかる。日本経済の景気変動には生産性の変化だけでなく、労働市場のゆがみが大きく貢献していたことがわかる。

図1
図1

景気循環会計の実証分析における有効性の検証

Nutahara and Inaba (RIETI Discussion Paper Series 08-E-015)はBCAには応用する上で理論的な問題点があることを指摘した。問題点があるならば、この景気循環会計の手法を用いて計測した市場の歪みが、本当に正しく経済における市場のゆがみを捉えることができているのかという疑問が残る。本稿では、次のようにして景気循環会計の実証分析における有用性を検証した。マクロ経済の政策分析に広く使われる動学的一般均衡モデルを仮想的な経済として、そのモデルから発生させたマクロデータに対して、BCAを適用する。具体的に市場にゆがみが存在するような経済モデルを用いることで、BCAによってモデルの持つ市場のゆがみを正しく計測することができるかを検証可能となる。結果を図2に示した。青い破線はモデルから発生させたGDPデータを示している。仮想経済モデルの真の景気変動要因分解(True)の結果を緑の線で、BCAによって計測した要因分解の結果(BCA)を赤の線で示している。緑と赤の線は若干のずれはあるものの非常に近く、各wedgeがGDPの変動をどれだけ説明するかを示すBCAによる要因分解は、モデルの持つ景気変動要因をうまくとらえているということができる。以上の結果は、マクロ経済に景気変動をもたらす要因をBCAという手法によって正しく計測できることを意味する。BCAにより景気変動の要因分解を行うことで、どのような市場の歪みが現実経済の景気循環を説明しているのかを知ることができる。これにより、近年のマクロ経済政策の政策分析シミュレーションには欠かすことのできなくなった動学マクロ経済モデルの構築に貢献することが可能となる。

図2
図2