ノンテクニカルサマリー

日本企業における事業組織のガバナンス―企業の境界と二層のエージェンシー問題の視角から―

執筆者 青木 英孝 (千葉商科大学)/宮島 英昭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア:日本企業システムの進化と世界経済危機のインパクト
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

事業ガバナンスの重要性

伝統的な日本企業は、本業中心・関連多角化型の事業構成と、その必然的帰結としての分権度の低い組織構造という特徴をもっていた。しかし1990年代以降、日本企業の事業ポートフォリオは大きく変化した。まず、多角化とグローバル化が進展し、事業内容や地理的範囲が拡大した。同時に、1990年代の分社化や2000年以降のM&Aの積極的活用によって連結子会社数が増加し、グループ化が進展した。従来に比べ、より複雑な事業構成と、より多くの事業単位(事業部や子会社)をグループ内に抱えることになったのである。その結果、経営陣と事業単位間の情報の非対称性が拡大し、経営陣が傘下事業単位の状況を的確に把握することがより困難になった。企業は、伝統的な株主と経営者間のエージェンシー関係だけでなく、経営者と事業単位間のエージェンシー問題という、いわゆる二層のエージェンシー関係に直面するようになった。さらに、連結ベースの企業規模が拡大した結果、大企業の事業部門は、既に中堅企業以上の規模に匹敵する。つまり、大企業の"事業"ガバナンスは、"企業"ガバナンスと同等の重みをもつようになったのである。

主な分析結果と展望

そこで本研究では、東証一部企業(非金融)を対象としたアンケート調査(企業の多様化と統治に関する調査、2007年4月)を利用し、事業ガバナンスの実態を、事業単位に対する権限の配分とモニタリングの視点から分析した。分析結果から今後を展望すれば次の3点が重要であろう。

第1は、多角化に伴う過度の分権化が事業の再組織化を妨げる可能性である。分析の結果、多角化企業ほど分権度が高く、また、組織面ではカンパニー制などの分権的組織の採用が進んでいた。しかし、過度な分権化は本社の統制力を弱める。本社のガバナンス機能の弱体化が、事業の更なる多角化を招き、必要な「選択と集中」を遅らせてしまう可能性もある。多角化した際に、分権化の程度と本部の統制力のバランスをどうするか。つまり、分権化と集権化のバランスの問題であり、事業特性との整合性がポイントになる。

第2は、グローバル化に分権化が追い付いていない可能性である。分析では、グローバル化が進展している企業ほど、子会社に対する戦略的意思決定の分権度が低かった。これは、日本親会社の海外子会社に対する統制力が強い可能性を示唆するが、急速なグローバル化でガバナンスの整備が遅れた可能性や、経営の現地化が不十分な可能性も指摘できる。

第3は、子会社ガバナンスの問題であり、分権化を進めた後のモニタリングが不十分な可能性である。グループ化が進展し、多くの子会社を抱えるようになった日本企業における、企業の境界の決定問題、すなわち内部事業組織か子会社かという組織選択の問題でもある。分析の結果、親会社内部の事業単位よりも子会社の分権度が高かったが、子会社では分権化に応じたモニタリング整備が不十分であった。もちろん、分権化とモニタリングのバランスには、過剰介入による事業トップのインセンティブ問題も考慮する必要があるが、子会社のモラル・ハザードやグループ戦略からの逸脱、事業間の調整コストの上昇など、子会社ガバナンスにおける潜在的な問題の深刻化が懸念される。

図1:多角化の進展(エントロピー指数)
図1:多角化の進展(エントロピー指数)
図2:連結子会社数の増加
図2:連結子会社数の増加