ノンテクニカルサマリー

雇用保障とワーク・ライフ・バランス-補償賃金格差の視点から-

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

少子高齢化の進展、女性の労働参加率の向上、就労者の価値観の変化等を背景に、ワーク・ライフ・バランスへの関心が高まっている。一方、非正規労働者の増加に伴う「仕事の二極化」も大きな政策的イシューとなっている。こうした中で、雇用保障は強いが自由の乏しい正社員と自由はあっても雇用が不安定な非正規雇用との「中間的な働き方」を可能にするための制度設計が模索されている。しかし、当然のことながら、仕事の態様と賃金との間には強い関連があり、拘束・制約が緩やかで、かつ、高い賃金という働き方は稀である。労働者にとっては、勤務の制約緩和の代償としてどの程度の相対賃金の低下を許容しうるかという選好の問題になる。ワーク・ライフ・バランスや中間的な働き方を拡大していこうとするならば、このトレードオフについて正確な事実の把握が必要である。

本稿では、個人を対象としたサーベイ・データを使用し、雇用の不安定性、ワーク・ライフ・バランスの欠如に対する補償賃金プレミアムとして、日本の労働者はどの程度の水準を公正と考えているかの観察事実を提示するとともに、仕事満足度や幸福度に対する労働時間と賃金のトレードオフ関係を分析する。

分析結果のポイント

雇用の不安定性に対する補償賃金プレミアムは10~20%程度、転勤・異動をはじめとする正社員固有の仕事の制約・拘束の代償としての補償賃金も10~20%程度というのが日本の勤労者の見方である(図1参照)。

図1:雇用の不安定性、仕事上の拘束・制約への補償賃金プレミアム(平均値)
図1:雇用の不安定性、仕事上の拘束・制約への補償賃金プレミアム(平均値)

労働時間、賃金はいずれも仕事満足度、幸福度に対して有意な影響を持っており、予想される通り労働時間が長いほどマイナス、賃金が高いほどプラスである(図2参照)。たとえば労働時間を10%短縮したときに▲6%~▲12%の時間当たり賃金低下が仕事満足度を低下させない組み合わせという計算になる。ただし、男性の場合には、仕事満足度や幸福度に対する賃金の影響が大きいため、労働時間短縮に伴って経済厚生を低下させることなく賃金を引き下げる余地が小さい。男性のワーク・ライフ・バランス実現が女性に比べて難しいことが再確認される。

図2:仕事満足度・幸福度への賃金・労働時間の効果(男女計)
図2:仕事満足度・幸福度への賃金・労働時間の効果(男女計)

インプリケーション

上の結果は、経済のグローバル化等に伴って企業業績のヴォラティリティが高まり、雇用調整コストの低い非正規雇用への需要が高まる中、雇用の(不)安定性への対価を引き上げる方向で再考することが必要になっていることを示唆している。他方、「中間的な働き方」の一形態としてたとえば短時間正社員制度を導入しようとする場合、これが強い雇用保障とワーク・ライフ・バランスをともに満たすような仕組みだとすれば、▲10~▲20%程度の相対賃金ディスカウントを伴うことで勤労者の平均的な公正感に合致するものとなり、この程度の相対賃金の調整と組み合わせることが円滑な導入・普及につながる可能性が高いことを示唆している。時間の柔軟化は賃金の柔軟化とセットで取り組むことが、働き方の多様化を推進する上で重要である。もちろん、非正規労働者や短時間正社員等の生産性を高めるような人的資源管理や「経営力」の向上が期待される。なお、本稿で示した定量的な数字はサンプル数の制約やクロスセクション分析という限界があるため、幅を持って理解する必要がある。