ノンテクニカルサマリー

事前照会制度に関する制度的課題《研究ノート》

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

租税法令の解釈・適用に関して不確実性がある場合、納税者は租税コストを事前(ex ante)に見積もることが困難となり、新たな類型のビジネスを阻害している可能性がある。納税者が取引を行う前に、課税関係について課税当局に質問をして回答を得る「事前照会制度(advance ruling)」の導入は、法的安定性や予見可能性の確保に資すると考えられてきた。

しかし、米国の最新の研究であるGivati(2009)によると、租税法の解釈適用に関する法的紛争は高水準(税務訴訟は年3万件前後、訴訟に至らない不服申立は年8万件前後)であるにもかかわらず、米国の事前照会制度であるPrivate Letter Rulingの新規発給件数は年1500件、移転価格税制に関するAdvance Pricing Agreement(APA)は年30件程度に止まっており、利用が低調である。その理由として、申請手数料や発給までの期間という「直接的コスト」だけでなく、事前照会制度を利用することで、税務当局からの監視・調査が厳しくなるなどのデメリットが大きいというのである。

米国におけるPrivate Letter Rulingについては、申請料が比較的廉価でかつ、申請から21日以内に課税当局の大まかな反応を得ることができることから、直接コストは高くないといえる。Givati(2009)が指摘するように、Private Letter Rulingの申請をしなければ税務調査される確率が1%前後であるところ、申請によって課税当局から監視・調査される可能性が劇的に高まることを恐れる点が大きく影響しているといえる。また、事前照会への回答が内国歳入庁の本部によって行われるため(納税者に有利な形での)法令解釈の誤りの可能性が低いのに対して、税務調査は出先機関が担当するため、調査時点での(納税者に有利な)法令解釈の誤りが生じる可能性が高い点も、納税者が事前照会ではなく、不確実性を残したまま個別の税務調査で勝負をすることを好む傾向に影響を与えているといえる。

図1:米国のPrivate Letter Rulingの件数
図1:米国のPrivate Letter Rulingの件数

Givati(2009)は、移転価格税制に関するAPAについても、Private Letter Ruling同様に直接コストよりも上記の戦略的不利益が大きいため、利用が活発でないと指摘する。しかし、APAに関しては、申請料が高額であり、かつ法律事務所や会計事務所など専門家集団への支払が負担となっている可能性があるし、また申請から発給までの平均期間が国内案件で約20カ月、二国間案件で40カ月以上となることを勘案すると、直接的コストが主たる要因となっている可能性が高い。

図2:米国APAの新規締結件数
図2:米国APAの新規締結件数

我が国で文書回答手続が事務運営指針によって導入されているところ、同制度を法制度として発展させる際には、次の点に留意する必要がある。第1は、申請する納税者が税務調査等で不利になることを恐れて利用を控えることを防ぐには、「申請者の税務当局に対する匿名性」を確保する必要があろう。その際には、弁護士や税理士などの代理人を活用することで、納税者の匿名性を上手く確保できる可能性がある。第2に、事前照会の回答内容が公開されるところ、現行制度では申請者が公開を差し止めることができず、営業秘密などが暴露される可能性が否定できない。そこで、「競業他社からの営業秘密の保護」をはかるために、米国のように一定の保護手続き(公開差止請求手続)を導入する必要がある。第3に、税務上の不確実性を排除したい真摯な納税者と、税務当局の(納税者に有利な内容の)誤回答を意図して申請を乱発する納税者を区別するために、真摯な納税者に過度の負担にならない範囲で一定の申請料を課すことも検討される必要があろう。税務当局の人的・物的資源が限られているため、申請料賦課により一定の申請者をスクリーニングすることは、効率的な税務行政の遂行にも資すると考えられる。