ノンテクニカルサマリー

WTO補助金協定にいう補助金による「著しい害」の概念-米国・綿花事件を中心に-

執筆者 濱田 太郎 (近畿大学)
研究プロジェクト 現代国際通商システムの総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

補助金は、他の加盟国の利益に悪影響を及ぼしてはならない。WTO補助金協定は、こうした悪影響の1つとして著しい害を禁止する。著しい害とは、補助金の効果が「同一の市場」において、(1)同種産品よりも補助金交付産品の価格を著しく下回らせるものであること、(2)その価格上昇阻害、(3)その価格押し下げ、(4)その販売減少などを生じさせることをいう。ここにいう「同一の市場」とは、産品が実際又は潜在的に競合する限り、補助金交付国市場や世界市場などいずれの市場をも申立国が自由に選択できるとされている。また、価格を著しく下回らせるものとは、産品の価格比較を通じ立証することができるとされている。WTO補助金協定では、こうしたさまざまな工夫により、申立国が著しい害の存在と程度を立証しやすくされている。

米国・綿花事件の特徴は、申立国ブラジルが、こうした立証しやすくなった規定を活用して、(1)米国の綿花補助金の性格を定性的・定量的観点から分析して世界市場における綿花の価格上昇阻害を立証し、(2)経済モデルを通じてその具体的な程度を立証することに成功したことにある。こうして認定された悪影響を除去するためには、被申立国は補助金の目的や交付額などの制度設計を根本的に改変せざるを得ない。すなわち、米国・綿花事件のような立証方法を用いれば、WTO補助金協定にいう著しい害は、他国の補助金の改廃を迫る有効な手段となる。反面、日本の補助金がWTOに訴えられる危険性も高まっている。

先進国は、金融危機以降、自動車産業等の基幹製造業に対する大規模な補助金を交付している。インドネシア・自動車事件や米国・綿花事件の先例から見て、こうしたWTO補助金協定にいう特定性を有する補助金の効果により、補助金交付対象企業が補助金なしではありえない低価格で製品の販売を行う場合などでは、WTO補助金協定にいう著しい害が補助金交付国市場や世界市場などのいずかの市場において認定される危険性は高い。立証しやすくなった著しい害の規定が活用され、多くの補助金紛争がWTOに提訴される可能性がある。1980年代の「補助金戦争」の再来が危惧される。

図表 補助金による「著しい害」の概念図
図表 補助金による「著しい害」の概念図

著しい害は、申立国が立証しやすくするために、(1)補助金交付国市場における輸入代替妨害、(2)第三国市場における輸出代替妨害、(3)世界市場における市場占拠率の不当な拡大(一次産品に限る)、(4)「同一の市場」における同種産品よりも補助金交付産品の価格を著しく下回らせるものであること、その価格上昇阻害、その価格押し下げ、その販売減少のいずれかのうち、申立国が立証しやすいものを選択して主張することができることに特徴がある。