ノンテクニカルサマリー

日本の輸出と雇用

執筆者 清田 耕造 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

貿易と雇用の関係が注目を浴びている。昨秋の金融危機以降の景気の落ち込みは、当初予想されていた規模を大幅に上回るものだった。2009年のIMF(国際通貨基金)の『世界経済見通し』は、日本が予想されていたより大きなショックに見舞われたのは、日本の経済構造が外需(輸出)依存型になっており、外需の落ち込みが直撃したためだとしている。それでは、なぜ予想は外れたのだろうか? 我々は何を見落としていたのだろうか? 日本経済の抱える潜在的なリスク・脆弱性を明らかにしておくことは、政策的に重要な課題の1つだといえる。

ここで注意しなければならないのは、輸出の落ち込みの影響は、いわゆる輸出産業にとどまらないことである。この意味を考えるため、自動車産業の例を考えてみよう。自動車産業は国内で生産した財の多くを輸出している産業の1つである。輸出が落ち込めば、自動車産業の生産は落ち込むことになる。しかし、影響はそれだけにとどまらない。自動車の生産の落ち込みに伴い、自動車部品の生産も落ち込む。さらに、部品に組み込まれているプラスチックやガラス、鉄などへの需要が低下し、これらの生産も落ち込む。つまり、ショックは産業間取引の取引関係(リンケージ)を通じて次々に波及する。このため、一見輸出と直接関係しないような産業にまで、ショックが波及することになる。これまでの研究では、この波及効果について、十分に考慮されてこなかった。

このような問題意識にもとづき、本論文は日本の輸出と雇用の関係を実証的に分析した。経済産業研究所で整備された1975年から2006年の『産業連関表』を利用して、各産業の輸出が当該産業の雇用に及ぼす直接的な効果(直接効果)と他の産業の雇用に及ぼす間接的な効果(間接効果)を推計した。

分析結果のポイント

分析の主要な結果の1つは、産業によっては、他産業の輸出からの波及効果が無視できないほど大きな点である。図は2006年の製造業の産業ごとに、輸出・産出比率(黒色の縦棒)と雇用の輸出依存度(灰色の縦棒)をまとめた結果である。波及効果がない場合、輸出・産出比率と雇用の輸出依存度は同じ高さになる。逆に、波及効果が大きいほど、2つの高さに差が出てくる。図より、金属産業(非鉄金属製錬・精製、銑鉄・粗鋼)や部品産業(電子部品、自動車部品・同付属品)、そして化学産業(無機化学基礎製品、有機化学基礎製品)で、黒色の縦棒よりも灰色の縦棒が高くなっていることがわかる。この結果は、「これらの産業で生産された製品の多くが国内で消費されているにも関わらず、その雇用は輸出に大きく依存している」ことを意味している。

この結果のポイントは、産業間のリンケージにある。これらの産業で生産される製品は、必ずしも海外へ直接輸出されているわけではない。しかし、他産業の輸出を通じて間接的に海外市場との結びつきを拡大することで、結果的に多くの雇用が輸出に依存することになっているのである。たとえば、自動車部品・同付属品産業の2006年の雇用の輸出依存度は54.8%であり、1975年の27.6%と比べるとほぼ倍へと拡大している。一方、自動車部品・同付属品産業の2006年の輸出・産出比率は12.5%であり、この水準は30年前と変わらない。変化したのは川下の自動車産業の輸出であり、輸出・産出比率は同じ期間に19.3%から51.5%へと拡大していた。

インプリケーション

分析の結果より、輸出の減少が雇用に及ぼす影響は、その産業の輸出と生産・雇用の関係を見るだけでは十分とは言えないことがわかる。言い換えれば、ある産業の輸出依存度を見るためには、その産業の輸出だけでなく、関係する産業の輸出も考慮する必要がある。リンケージを通じた波及効果をとらえることで、一見輸出とは無関係な産業への影響も明らかにすることができるのである。

また、本論文の分析の背後に、地道なデータ整備があることも強調しておきたい。適切な処方箋を出すために精密な検査が必要であるように、適切な経済政策を企画・立案するためには精緻な経済分析が欠かせない。そして、精緻な経済分析には詳細なデータが必要不可欠である。詳細なデータを継続して地道に整備していくことも、重要な政策的課題の1つだといえる。

図. 製造業の産業別輸出・産出比率と雇用の輸出依存度:2006図. 製造業の産業別輸出・産出比率と雇用の輸出依存度:2006
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