ノンテクニカルサマリー

非正規労働者における社会的排除の実態とその要因

執筆者 久米 功一 (コンサルティングフェロー)
大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所)
奥平 寛子 (岡山大学)
鶴 光太郎 (上席研究員)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

近年、労働参加をもってしても、生活に必要な物質や社会制度にアクセスすることができない「社会的排除」の状態にある人たちが増えているといわれている。1990年代半ばから増加してきた非正規労働者の中に見られる働く貧困層(ワーキング・プア)である。しかし、社会的排除の実態について、路上ホームレス、ひきこもり、ニートの視点から分析された研究の蓄積はあるものの、「雇用形態の違い」に注目して分析した研究は極めて少ない。そこで、この論文では、雇用形態の違いに注目して、非正規労働者の貧困と社会的排除の実態について実証的に分析した。

分析結果のポイント

この論文では、不安定な雇用にある労働者に対するアンケート調査から得られたデータを使用した。分析の対象となるのは、日雇い派遣労働者、製造業派遣、その他派遣、パート・アルバイト、契約社員、失業等の2028人である。データから、1)基本ニーズの欠如、2)娯楽・情報・アメニティに関する物質的剥奪、3)通信・移動手段に関する物質的剥奪、4)社会関係の欠如、5)制度からの排除、6)適切な住環境の欠如、7)主観的な貧困の7つの社会的排除指標を作成して、その決定要因を調べた。その結果、(1)日雇い派遣はすべての社会的排除指標において排除率が高い。(2)製造業派遣では社会関係の欠如が顕著である。(3)社会的排除は雇用形態よりも雇用契約期間や業種に関係している。(4)過去の就業経験や学校での過ごし方が現在の社会的排除の状況に有意に影響する。(5)社会的排除指標は相互に関連し、物質的剥奪と社会的排除は同時におきる(重複排除)ことが確認された。

インプリケーション

日雇い派遣労働の社会的排除は、派遣という雇用形態よりも、雇用期間が短いことに関係していた。雇用期間が短いと適用されない社会保険もあるため、人びとを包摂するためには、社会保険の適用条件の緩和が望まれる。過去の経験については、学生時代に卒業に支障をきたすほど遅刻したことや、新卒時の雇用形態が非正規雇用であることが、社会的排除に関係していた。学校生活においては、実社会での適応力に関わる社会的スキルの向上、社会に出てからは、職業訓練等により過去の不利を払拭することが望まれる。

個人の行動特性を調べたところ、社会的排除の状況にある人は近視眼的であった。給与を手渡しで受け取っている人や日払い・週払いで受け取っている人の社会的排除率は高かった。これらの行動特性に注目するならば、報酬の支払い方法・頻度について、社会的排除率の低い銀行振り込み・月払いをデフォルトにして蓄財の程度を検証するような、実験的取り組みも検討すべきだろう。

結婚や子どもを持つなど新たな家族コミュニティを構成している人の排除率は低かった。また、製造業労働者の社会関係は欠如しており、非正規労働者は、能力開発の機会、福利厚生などの待遇格差に対する不満が多かった。したがって、非正規労働者の勤労意欲を引き出すためには、職場コミュニティの活性化、非正規労働者の内部労働市場への取り込み、メンバーシップの拡大が有効であると考えられる。

図 時間選好、報酬の支払い方法・頻度と社会的排除
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注)時間割引とは、現在と将来のどちらを重視するかを表す尺度であり、これが大きいほど、現在を重視する、つまり、せっかちであることを表す。人々は、将来時点における割引より、現在時点における割引をより大きくするという、時間非整合的な傾向を持つといわれており、これを双曲割引という。