ノンテクニカルサマリー

企業業績の不安定性と非正規労働-企業パネルデータによる分析-

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

グローバル競争、技術革新、製品の短サイクル化、規制緩和等を背景に、企業活動の不確実性が高まっている。雇用調整コストの存在下、企業業績の不安定性の増大は弾力的な雇用量の調整を要請し、相対的に雇用調整コストの低い非正規労働への需要を高めることが予想される。逆に、売上高が大きく変動する中で、労働投入量の調整を速やかに行うことができない企業のパフォーマンスは低下する可能性がある。

他方、景気低迷の長期化、労働市場に係るさまざまな制度改革等から、パートタイム労働者、派遣労働者などの非正規雇用が増加傾向にある。非正規雇用の増加は日本だけの現象ではなく、世界的な傾向である。こうした中、2008年秋の世界経済危機を契機に製造業の売上高が急激に落ち込み、いわゆる「派遣切り」が社会問題となった。その後、労働政策審議会で労働者派遣法改正について審議が行われ、登録型派遣の原則禁止、製造業務派遣の原則禁止、日雇派遣の原則禁止等を内容とする改正法案が準備されている。

企業経営や政策の現場では、法人税、環境制約とともに労働市場規制は工場だけでなく企業本社の国際的な立地選択に影響する重要なファクターであるとの認識が強まっているようである。

このような状況を踏まえ、この論文では、1994年~2006年、8000社超の日本企業パネルデータを使用し、企業活動の不確実性と非正規雇用(パートタイム、派遣等)の関係を実証的に分析する。

分析結果のポイント

分析結果の要点は以下の通りである。
(1)仕事の安定性の指標である粗雇用再配分率は、派遣労働、臨時・日雇が正規(フルタイム)雇用の約6倍にのぼる。パートタイム雇用は、正規(フルタイム)雇用と派遣労働の中間だが、どちらかと言えば正規雇用に近い。
(2)正規雇用と派遣労働は代替的ではなく、どちらかと言えば補完的である。中期的には、派遣とパートタイム、臨時・日雇の間の負相関が強く、非正規雇用の中での形態間での代替関係があることが示唆される。
(3)売上高の変動に対する雇用変動の弾性値を見ると、非正規雇用は正規雇用の2倍以上であり、特に、派遣労働者の弾性値が非常に大きい。正規雇用は、短期的な売上高の変化に対する感応度は小さいが、中期的に売上高が変化した場合にはかなり大きく変動する。
(4)売上高のヴォラティリティが高い企業ほど非正規雇用(特に派遣)への依存度が高く、そのマグニチュードは比較的大きい。すなわち、ヴォラティリティがサンプル企業平均よりも1標準偏差大きいと、全非正規労働者比率(対常用雇用計)は、5%程度(0.8%ポイント程度) 高い。この関係はサービス産業よりも国際競争圧力が高い製造業において強い。また、売上高の成長率が高い企業ほど非正規労働者比率、特に派遣労働者比率が高い傾向がある。
(5)売上高のヴォラティリティが高い企業においては、派遣労働等の利用がTFP に対して正の効果を持つことが示唆される。この関係もサービス産業に比べて製造業で明瞭である。

インプリケーション

技術革新、世界的な需要変動等により企業業績の不安定性が高まる中、企業にとっては雇用拡大・縮小の伸縮性が必要であり、それが企業パフォーマンスにも影響を持つ。マクロ経済的にも、個々の企業の生産変動に対応して再配分が行われ、稀少な人的資源の稼働率が高まることは望ましい。しかし、ジョブ・フローや雇用調整の分析で見た通り、非正規雇用のうち派遣および臨時・日雇の仕事の安定性が低いことも間違いない。

経済活力の向上と雇用の安定がともに政策目標であり、両者の間にトレードオフがあるとすれば、複数の政策手段が必要になる。経済成長と安心・安全を両立させるためには、非正規労働者のセーフティネットや人的資本投資の機会を確保しつつ、企業が労働投入量を柔軟に調整できるようにすることが、経済全体にとって望ましいポリシーミックスだと考えられる。

図 売上高成長率の不安定性と非正規雇用比率の関係
図 売上高成長率の不安定性と非正規雇用比率の関係
(注)「企業活動基本調査」に基づく推計結果。対象は全産業。