執筆者 | 伊藤 一頼 (静岡県立大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商システムの総合的研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易相手国がWTO協定に違反すると思われる措置をとっている場合に、どのような対処が可能であろうか。通常は、WTOの紛争解決手続に提訴することになるが、たとえWTOで勝訴したとしても、相手国がそれに従うとは限らない。
そこで、もう1つの方法として、当該措置により損失を被っている私企業等(私人)が、相手国の国内裁判所で訴訟を提起し、当該措置の無効ないし是正を求めることが考えられる。そこで勝訴判決が得られれば、立法府・行政府は憲法上の要請としてそれに従わざるを得ないから、WTO提訴よりも実効的に紛争を処理できる可能性がある。
さらに、私人が国内裁判手続のなかで、WTO協定それ自体や、WTOの紛争解決手続で出された裁定(DSB裁定)を論拠として援用できれば、勝訴の確率はいっそう高まる。従来、多くの国では、WTO協定やDSB裁定を国内裁判でそのまま適用すること(直接適用)は否定されてきたが、国内法令を解釈する際にWTO協定・DSB裁定の内容を考慮すること(間接適用)は、まだ明確に否定されていない。
実際、近年の米国裁判所では、欧州等の私企業が、米国政府による貿易制限的措置の無効を求めて提訴し、その際にWTO法の間接適用を主張する例が見られる。ここで裁判所は、援用されたWTO法の履行を立法府・行政府が明確に拒否している場合には間接適用を認めないが、逆に、履行に前向きな姿勢が一応見られる(ただしその履行の仕方が不十分である)ときは、WTO法の趣旨を取り込んで国内法令を解釈し、政府の措置を無効と判断する場合もある。つまり、立法府・行政府の判断権を過度に侵害しない範囲であれば、裁判所はWTO法の間接適用を認める可能性があるといえる(図表1参照)。
したがって、相手国政府がWTO法を履行する意思をある程度は見せているが十分な履行がなされていないという場合などには、その国の裁判所で国内訴訟を提起してみるよう私人に慫慂することも、紛争を実効的に処理しうる1つの方法である。
もちろん、日本の裁判所でも、外国の私人により同様の訴訟が起こされる可能性がある。恐らくその場合も、米国裁判所と同じように、立法府・行政府の姿勢を見ながら間接適用の可否が判断されることになるであろう。
いずれにせよ、WTO法の間接適用の試みが始められたのは最近であり、どのような場合にそれが有効に機能するのか未だ明確ではない部分もあるため、今後も継続的に各国裁判所の判例動向をフォローする必要がある。