ノンテクニカルサマリー

多国籍企業のグローバルな設備投資行動

執筆者 René BELDERBOS (ルーバン=カトリック大学 / マーストリヒト大学 / UNU-MERIT)/ 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/ 伊藤 恵子 (専修大学)/ Wilko LETTERIE (マーストリヒト大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識と仮説

多国籍企業の活動に関連して、既に数多くの研究蓄積があるが、多国籍企業が母国内を含めた各拠点においてどのように設備投資を決定しているか、という点に関する先行研究は極めて少ない。たとえば、どのような立地条件の国・地域に進出するかという立地選択の研究は数多いものの、拠点を設立した後に、どのような拠点で設備投資を活発に行うかという問題については、十分に解明・検証されていない。これまでの数少ない実証研究では、多国籍企業の母国における投資と海外拠点における投資が補完的であり、海外での投資増加は母国内の投資をも増やす可能性が指摘されている。しかし、各企業は競争力を持って生産可能な財の種類に関する技術的な制約や資金制約に直面しているため、全ての拠点で際限なく投資を増やせるわけではなく、ある拠点の投資を増やすには、他の拠点での投資を減らさなければならないかもしれない。つまり、多国籍企業の各拠点間の投資は代替的となる可能性もある。

そこで、本論文では、各多国籍企業が直面する諸制約のもとで、当該企業が所有する各拠点の設備投資水準を決定する際に、どのような要因が重要であるかを分析した。我々は、多国籍企業による母国とホスト国における設備投資の同時決定をモデル化し、日本企業について検証を行った。我々の理論モデルでは、各企業が複数の差別化された財を生産し、各財の生産について最適な立地と生産規模を選択するものと想定した。各拠点における投資水準は、その拠点が立地する国・産業の属性と、その企業が持つ他の拠点が立地する国・産業の属性との両方を考慮して決定されると考える。

結果のポイント

1996年と97年に実施された海外事業活動調査と企業活動基本調査を用い、製造業を営む本社とその生産現地法人、併せて1707カ所の設備投資行動について実証分析を行った。分析の結果、本社を含む各拠点における有形固定資産の成長率は、当該拠点における投資収益率を規定する要因(需要の動向や賃金率、等)だけでなく、企業が立地する他の全ての拠点の賃金率にも影響されるとの結果を得た。つまり、当該拠点が立地する国・産業の賃金率が高いとその拠点における投資水準が低くなるだけでなく、その企業が持つ他の拠点が立地する国・産業の賃金率が高いと当該拠点の投資水準は高まることが見いだされた。つまり、賃金率に反応して、各拠点の投資水準は代替的に決定されることが示唆される。またグローバルな流動性制約に直面する企業は、有形固定資産の成長率が低くなることも分かった。これは、限られた自社製品をどこで生産するかという同時決定だけでなく、限られた資金をどこで使うかという同時決定にも企業が直面していることを示唆している。

インプリケーション

我々の結果から、日系多国籍企業は各拠点におけるコストの変化に反応し、設備投資を高賃金国から低賃金国へとシフトしていることが示唆される。このことは、多国籍であること自体が、投資を各拠点に最適に配分することによる生産コストの最小化を可能にし、各企業の生産性の源泉にもなることを示しているともいえよう。また、たとえば何らかの経済的ショックによってある国の景気が悪化したり、賃金率が他国と比べて相対的に割高に変化したりした場合には、多国籍企業の投資水準が相対的に低下する可能性がある。このような多国籍企業の行動が、当該国の不況や賃金率上昇のマイナス効果をさらに深刻にすることも考えられる。また、多国籍企業の母国における流動性制約が強まると、海外拠点での投資も低下するかもしれない。表1の通り、多くの日系多国籍企業は、グローバルに展開し、海外で国内以上に活発な設備投資を行っている。本論文の分析結果より、多国籍企業の設備投資行動は、当該拠点における要因のみならず、他の全ての拠点の要因も考慮して決定される。このことは、自国の経済指標の絶対的な水準のみならず、世界各国との相対的な水準や成長率を考慮した政策の策定が求められることを示唆している。

表1:分析したサンプルの国別分布と平均設備投資比率
表1:分析したサンプルの国別分布と平均設備投資比率