ノンテクニカルサマリー

マークアップ、生産性と不完全競争:日本の小売業に関する実証研究

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

本論文は、不完全競争市場における企業の生産性について、最近開発された新たな手法を日本の小売業に応用して推計し、その結果を分析したものである。多くの既存研究においては生産性推計に際して完全競争市場や規模に関して収穫一定というあまり現実的とは思われない仮定条件がおかれていることが多い。その理由としては実証分析において価格や生産量のデータが直接には得られないケースが多いことが考えられるが、そうしたやや強引な仮定に基づく生産性推計は結果にバイアスを生じさせてしまうことや、さらにその結果を用いて考えられる望ましい政策の姿にも歪みを生み出していることが一方では懸念される。特に企業が利潤最大化を実現する手段として生産性向上よりも価格決定力の強化を志向しているケースについて、この歪みは無視できない重要性を持ち得るであろう。たとえば、高級ブランド品のブティックなどではあえて手作りという生産性の低い方法にこだわった商品を販売することで価格決定力を維持し結果として大きな利潤をあげているケースも存在しているが、彼らの生産性を徹底した生産効率化によって利潤を上げようと努力している量販店のそれと単純比較して得られるインプリケーションが有効なものであるかには少なからず疑問が残る。

生産性とマークアップの関係

そこで本論文では上記の仮定条件を緩めて不完全競争市場において差別化されたサービスを生産している企業の生産性とマークアップ(=市場における価格決定力)をそれぞれ推計し、その結果を用いてそれぞれのダイナミクスや効果について分析を行い、既存研究によって得られた結果との比較を行った。この分析結果から、上記の例で示したように同じ小売業に分類される企業間にも利潤最大化のための戦略が大きく異なるケースが存在していることが明らかにされた。以下の図Aは生産性とマークアップの関係を示したものであるが、これによるとマークアップの低い企業は生産性も低いがマークアップの高い企業の生産性はまちまちである。つまり企業によっては生産性を犠牲にしてでもマークアップを高めることで利潤最大化を図るという戦略をとっている可能性があり、そうした企業に対して競争フレンドリーな環境整備による生産性向上政策はほとんど効果を持ちえないと考えられる。

図A:生産性とマークアップ
図A:生産性とマークアップ

このような生産性とマークアップの効果の違いが政策インプリケーションに影響を与える例として、さらに例をあげてみる。これまでの研究では外資系企業の生産性は高いという結果が得られてきた。この結果からは外資系企業をベンチマークとしたキャッチアップが生産性向上には有効であるというインプリケーションが得られるが、本論文の分析はそれが必ずしも正しくはないことを示している。

図B-1:生産性分布
図B-1:生産性分布
図B-2:マークアップ分布
図B-2:マークアップ分布

図B-1、2はそれぞれ国内企業(実線)と外資系企業(破線)の生産性とマークアップ分布を示しているが、これらによると、外資系企業の生産性は国内企業と比べて必ずしも高くない一方でマークアップは明らかに高い。すなわち、既存研究の結果はこのマークアップの差を生産性の差と誤認していた可能性があり、このような状況で外資系企業をベンチマークとして技術導入や組織改編による生産性向上が企図されたとしても、それが実際に成果を上げるかどうかは少なからず疑問の余地がある。より効果的に生産性向上を図るには、マークアップ効果を取り除いてもなお生産性に効果のある要因を明らかにし、それを積極的に生かす政策を考える必要があるであろう。

インプリケーション

以上の例が示すように、生産性推計とそれに基づく政策インプリケーションに関しては、企業行動や市場構造についての仮定が異なれば結果が大きく異なってしまうことが考えられる。そのため、より説得力の高いインプリケーションを得るためには、特定の仮定条件下での分析に過度に依存せず、異なる方法による結果との比較分析を行うことが重要であろう。