リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第4回「ファンド、バイアウトとコーポレート・ガバナンス」

胥 鵬
法政大学経済学部

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第3章「日本における経営権市場の形成」のエッセンスを紹介しています。

村上ファンド、スティール・パートナーズなどの物言う投資ファンドが経営陣と激しく対立していた。他方、経営陣と二人三脚で上場企業をバイアウトするキトーなどのプライベート・エクイティ・ファンド(private equity fund)が出現した。敵対的にせよ友好的にせよ、ファンドを抜きに日本のコーポレート・ガバナンスを語ることができないといっても過言ではない。

バイアウト(英語では、public-to-private transaction, going-private-transaction)とは、上場企業の株式を取得して非上場にする金融取引である。そのうち、LBO(leveraged buyout)は、株式取得資金が主に負債で調達されるバイアウトをさす。また、経営者が公開買付者に加わる場合には、MBO(management buyout)という。MBOと対照的に、MBI(management buy-in)は、敵対的買収で新しい経営陣によるバイアウトを意味する。現経営陣が公開買付に加わることがないが、ファンドと協力してIBO(investor buyout)を行なうこともよく見られる。バイアウトした企業が、再び上場することは、リバース・バイアウト(reverse buyout)と呼ばれる。

バイアウトは、1980年代に米国で第一次ブームを迎えた。当時、間接的・直接的に敵対的買収をめぐる攻防の結果として実施されたバイアウトが多かった。米国の第二次バイアウトブームは1997年にスタートし、金額は第一次ブームに及ばなかった。また、IT企業IPOブームで影が薄かった。同様に、英国でも1997年に第二次バイアウトブームを迎え、1997年-2003年の7年間の間に、211件のバイアウトがあった。バイアウトに関する規制緩和を経て、1999年に欧州大陸にもバイアウトブームが到来した。長い間、敵対的買収もバイアウトも日本と無縁であった。しかし、90年代後半以降、事態が一変した。経営権市場が存在しないと視されていた日本は、株式所有構造が大きく変化することとともに、敵対的買収、村上ファンドなどのヘッジ・ファンド・アクティビズム(hedge fund activism)とバイアウトが一斉に現れるようになった。

日本のバイアウトについては、経営不振を打開するためのバイアウトの代表例として、キトーとカーライルの事例が挙げられる。『日本の企業統治』第3章では、この事例について詳しい分析を行った。キトーのコーポレート・ガバナンス構造はMBO後、大きく変化した。まず、株式所有の集中とモニタリングの強化が見られた。また、企業銀行間関係は、バイアウト後にシンジゲート・ローンのコベナンツに代わった。よって、筆者は株式所有の集中、モニタリングの強化およびカーライルの業務戦略策定(operating engineering)がキトーの業績改善に寄与し、産業全体の業況回復の寄与も重要である、と結論付ける。

バイアウト後、キトーの負債比率が必ずしも大きく上昇しなかったことから、節税効果ではなく、MBOプレミアムの源泉はもっぱら業績改善の効果が大きい。金融危機後、ファンドの高いリターンの源泉は、過度な負債による高リスク企業の意図的な創出だ、と批判されている。確かに、1980年代後半のバイアウトが過度に負債を抱えていた結果として破綻に終わったケースが多く、1990年代初めにLBO市場が消滅した。にもかかわらず、バイアウト後の業績改善が80年代前半ほどではないが、依然として凄まじいものである。キトーの事例に関しては、MBOがファンドによる過度な負債による高リスク企業の意図的な創出だという批判は的外れである。

バイアウトのプレミアム源泉は株価の過小評価にあるとも主張される。過小評価説については、少なくとも経営者とファンドが主観的に過小評価だと思っているからこそ、MBOを実施するのである。MBOは、一般投資家にプレミアムを払って過小評価される企業を買い取って過小評価を解消させるプロセスになる。重要なことは、過小評価そのものではなく、過小評価がMBO以外のメカニズムによって解消されることが可能かどうかである。また、経営者がMBO以外の方法で過小評価を市場にシグナリングするインセンティブがあるかどうかはポイントである。さらに、過小評価の原因を突き止めることも重要である。株価時価総額が負債を差し引いても現金や有価証券などの市場で換金できる資産を大幅に下回ることは、フリー・キャッシュのエージェンシー・コストに起因するものであれば、経営権、所有構造や経営者インセンティブを変えない限り改善されないものである。言い換えれば、過小評価と企業価値が低いことは紙一重といえよう。

MBO以外、過小評価をシグナリングする方法として、自己株式取得が挙げられる。自己株式取得は負債比率を高めるため、フリー・キャッシュに起因するエージェンシー・コストの削減と節税の役割も果たす。究極的には、負債による資本再構成、すなわち、レバレッジド・リキャピタ ライゼーション(leveraged recapitalization)がLBOと同様な財務政策の効果を持つ。しかし、LBOやMBOにあってレバレッジド・リキャピタライゼーションにはないものは、キトーのバイアウトに見られたような組織形態の変革である。MBOはレバレッジド・リキャピタライゼーション以上に企業価値を高めることが先行研究で確認されている。同様に、小粒企業が多く金額も少ないが、組織形態の変革が伴うキトーのような案件があることは重要である。このようなMBOは、日本のM&A市場を活性化させ、経営不振企業の早期再生の役割を担うのであるキトーの事例から、バイアウトは、経営権が有効に行使されないコーポレート・ガバナンス構造を、株式所有の集中による株主モニタリングの強化、取締役会の監督機能の強化を通じて経営権が有効に行使されるコーポレート・ガバナンス構造に変えるプロセスとして捉えることができる。これこそバイアウト・プレミアムの源泉になる。

当然ながら、MBOは日本経済再生の道を探る試行錯誤の1つであり、MBOすれば万事うまくいくとは限らない。たとえば、プライベート・エクイティ・ファンドの目利き、業務戦略策定(operating engineering)能力と企業統治再構築のあり方が結果を大きく左右する。重要なことは、プライベート・エクイティ・ファンドが経営陣と一体になって経営不振から脱却するように試みることである。とりわけ、プライベート・エクイティ・ファンド同士の競争が重要である。MBOを手掛けて多くの成功を抑えるファンドは、市場を生き残ることになる。キトーのような華やかな再上場事例はごく少数のケースであり、MBO後に転売される事例や再上場しない事例がむしろ大多数である。

キトーのようなサクセス・ストーリーがあれば、挫折事例も見られる。ショック療法として、MBOがどこまで奏功するか、奏功すればその効果がいつまで続くかも良くわかっていない。バイアウトによる所有集中化は、5-6年程度の一時的措置ともいえるかもしれない。再上場後、MBO企業はいつ普通の企業に戻るのか。日本については、この問題に答えるために将来の研究に俟たなければならない。同様に、再上場後1、2年以内に意図的に業績を悪化させ、再度MBOを実施し、3-5年後に再々上場する、すなわち、MBOが悪用されることが懸念される。課題としては、高値のとき上場して、半値になってMBOするような企業を上場させないことがあげられる。また高い上場維持費用に起因するMBOについては、日本版SOX法を再検討する必要があると思われる。

2011年10月6日

2011年10月6日掲載

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