コラム

非正規問題の本質はどこにあるのか?

水町 勇一郎
東京大学社会科学研究所准教授

「派遣切り」、「期間工切り」、さらにはその背後にある「ワーキング・プア」など非正規労働者をめぐる社会問題が一気に顕在化している。これに対し政府は、日雇い派遣の原則禁止、雇用保険の被保険者資格の拡大、雇用促進住宅の提供などの対策を講じようとしている。しかし、問題の本質にさかのぼって考えると、これらの対策はいま起こっている問題に対する弥縫策に過ぎず、問題を根本的に解決しようとするものとはいえない。

これら非正規労働者(さらには正規労働者を含む雇用システム)をめぐる問題の本質は、さしあたり次の3点にあるように思われる。

雇用の不安定さ―入り口規制か? セーフティネットか?

第1に、雇用の不安定さとそれに対する対処法である。2008年の秋以降「派遣切り」の問題が浮上し、政府は日雇い派遣を原則として禁止する方針を打ち出している。しかし、雇用の不安定さは派遣労働者に限られた問題ではなく、期間を定めて雇用される直接雇用労働者(有期契約労働者)にも共通する問題である。

有期契約労働者も含めた雇用の不安定さに対処する法律政策としては、1)期間の定めのある労働契約の締結や労働者派遣の利用に法律上限定を加えるという「入り口規制」と、2)入り口では規制を加えず不安定さに対処するための「セーフティネット」を整備するという大きく2つの選択肢がある。いまの政府の対応は、1)労働者派遣に一定の入り口規制(日雇い派遣の原則禁止)をかけつつ、有期契約労働者の利用には限定を加えないという点で一貫性がなく、2)雇用保険の被保険者資格という点でも「1年以上の雇用見込み」の要件を「6カ月以上の雇用見込み」に改めるだけの中途半端なものとなっている。これでは、6カ月未満の雇用見込みの短期契約労働者は雇用が不安定なままセーフティネットも整えられていない状態にとどまることになる。

今後の政策の方向性としては、上で述べたように、「入り口規制」型と「セーフティネット」型の2つがありうる。このうち前者は、これまでヨーロッパでとられてきた方法(たとえば有期労働契約の締結や労働者派遣の利用を合理的な理由がある場合に限定する)である。しかしこの方法には雇用全体の硬直性をもたらすという弊害があることが広く指摘されている。これに対し、後者を日本でとるとすれば、雇用労働者であれば短時間労働者であっても有期契約労働者であってもすべて雇用保険加入義務を課すことによって使用者の保険料負担回避行動を抑制しつつ、労働者のモラルハザード(短期の就労と保険受給を繰り返す行動)を防ぐために自発的離職者には一定の受給要件(たとえば離職前6カ月間に3カ月以上就労していたこと)を設定するという制度にすることが考えられよう。また、「セーフティネット」の整備を図る際には、職をもたない(失った)者が長い間そこにとどまらないようにきめの細かい積極的な支援(「アクティベーション」)を講じていくことも重要な課題となる。このような具体的な政策のあり方を念頭に置いた冷静で着実な議論が求められる。

処遇の低さ―「同一労働同一賃金」原則か?

第2に、処遇の低さ(「格差問題」)とそれに対する対処法である。ヨーロッパ(EU)ではすでに、パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者に対する差別的取扱いを原則として禁止する指令が定められ、フルタイム・無期契約・直接雇用労働者(いわゆる「正規労働者」)との処遇格差の改善が図られている。

しかし日本では、非正規労働者の処遇はなお低いままである。雇用を切られた者が同時に住宅を失うという問題は、低い賃金では自分で住宅を借りるのも難しいという処遇の低さと結びついたものである。最低賃金と生活保護との逆転現象は、最低賃金に近い非正規労働者の賃金では「最低限度の生活」を送ることが難しいことを示している。非正規労働者の処遇が低すぎることは、コスト削減競争によって非正規労働者のさらなる増加をもたらし、正規雇用の減少や過剰労働問題の深刻化にもつながっている。

このような状況を改善するために、日本でも「同一労働同一賃金」原則を打ち出すべきであるとの主張がみられる。これは、労働の内容が同じであれば契約の形態にかかわらず同じ賃金を支払うことを法的に義務づけることで、非正規労働者の処遇の改善を図ろうとするものである。この原則は、労働(職務)と賃金がリンクした職務給をとっているところではうまく機能するかもしれない。しかし日本では、狭い意味での労働(職務)ではなく、中長期的なキャリアを念頭において処遇を決定していること(職能給)も少なくない。企業がそれ以外の処遇方法(たとえば年功給、生活給)をとることも考えられる。ここで重要なのは、非正社員の処遇改善のために「同一労働同一賃金」の実現を可能とする職務給を押しつけることではなく(職務給を押しつけて中長期的な労働者の育成が必要な企業でそれができなくなってしまったら元も子もない)、それぞれの処遇方法にあった形で差別の禁止(処遇の改善)を進めていくことである。処遇の実態にあった柔軟な差別の禁止の制度化は法的に可能であるし、望ましい。

対話からの排除―労働組合か? 労働者代表制か?

第3に、労使の対話から排除された非正規労働者をコミュニケーションの輪のなかに取り込んでいくことである。雇用の継続・終了の問題にしても、賃金等の処遇の問題にしても、関係する人びとと十分なコミュニケーションを行い、その納得度を高めることが重要になる。社会が複雑になり人びと利益状況が複雑に絡みあうようになると、これらの多様な利益を調整するプロセスの役割がより重要になってくる。労働者の意見を聞きそれを調整・反映させる基盤を作っていくことは、労働者のやる気を高めるだけでなく企業の利益にもつながる。

問題は、このコミュニケーションの場をどこに求めるかである。近年では労働組合も非正規労働者の組織化を進めている。労働者が自発的に組織する労働組合がその役割を担うことは望ましいことであり、労使が協力してコミュニケーションの輪を広げていくことをこれからも期待したい。しかし現実には、日本では労働組合が存在していない企業・事業場の方が圧倒的に多く、労働組合の自主的な取り組みによって非正規労働者を含むコミュニケーションの輪が裾野まで広がっていくことは難しいかもしれない。

そこでもう1つの選択肢として考えられるのが、各企業・事業場において非正規労働者を含むすべての労働者によって民主的に代表を選出する労働者代表制を制度化することである。制度化にあたっては、労働組合と労働者代表が相互補完的・相乗的に機能するように権限を設定すること、労働者代表と協議・協定することを企業にも促すような法的インセンティヴを与えることが重要になる。このような法制度改革によって、非正規労働者をも包摂したコミュニケーションの基盤を作り上げていくという方法も考えられる。

以上のような政策を一体として講じていくことによって雇用システムや労働市場全体のバランスをとっていくこと、そのための冷静で着実な議論を積み重ねていくことが、昨今の問題を解決するための一番の近道のように思う。

2009年2月27日

2009年2月27日掲載

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