現在、労働組合や野党の一部には、派遣の対象業務を1999年の派遣法改正以前の状況に戻すこと(26業務のみを対象業務として認めるポジティブリスト方式への復帰)を求める声がある。また、民主党、社民党および国民新党の三党は、少なくとも製造派遣の禁止では一致していると聞く。2003年の法改正(04年3月1日施行)によって実現した製造派遣の解禁を「諸悪の根源」であるかのようにいう主張も、マスコミには強い。しかし、その多くは印象論や感情論の域を一歩も出ないものであり、冷静さを著しく欠くものとなっている。
2000年12月12日に当時の森首相に提出された「規制改革についての見解」のなかで、規制改革委員会は、次のように述べた。
「本年の論点公開でも指摘したように、『物の製造』の業務と関わる派遣事業を一括して禁止の対象とすることは、国際的にもあまり例がなく、また『特定の状況の下で、特定の種類の労働者又は特定の部門の経済活動』についてのみ派遣事業所を含む民間職業仲介事業所によるサービスの提供を禁止することを認めた、ILO181号条約に抵触するおそれがあるとの意見もある。他方、『物の製造』の業務について派遣事業が認められるならば、これによって派遣を通した雇用機会の拡大が期待できるという一面もある。
このため、『物の製造』の業務を労働者派遣事業の対象とすることについては、改正労働者派遣法の施行状況等を踏まえ、法施行3年後の制度全体の見直しの際に検討を行うべきである」。
この「見解」のドラフトを規制改革委員会の参与として書いたのは私であり、製造業務の派遣を一括して禁止することがILO条約に抵触するとの見解は、当時のILO事務局にもあった。製造派遣の禁止でさえ181号条約(民間職業仲介所に関する条約)との関係が問題になるのであるから、ポジティブリスト方式への復帰が条約に違反することはいうまでもない。ILO181号条約は、わが国が批准した条約であり(1999年7月28日批准登録、2000年7月28日発効)、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定した憲法98条2項との関係においても、批准条約に違反するような立法は許されない。
しかし、こうした事実には触れないまま、ネガティブリスト方式を採用することにより派遣業務を原則自由化した1999年の法改正にこそ誤りがあった、と声高に主張する。そのような議論があまりにも多いのが、悲しいかな、わが国の現状となっている。 仮に製造派遣が解禁されていなければ、製造業の多くは海外への移転を余儀なくされ、雇用機会そのものが日本から失われていた。こういっても誤りではない。その多くは製造請負が製造派遣に転換したものにすぎないとはいえ、「偽装」請負キャンペーンのもとで、製造請負の維持は著しく困難になっている。このうえ、製造派遣まで禁止されれば、後は海外に出ていくしかない。それが日本の現実なのである。
こうした現実を直視したうえで、製造派遣のあり方を真剣に考える。そのような冷静な議論が今、わが国には求められているといえよう。