コラム

第11回「株式持合再考」

小佐野 広
京都大学経済研究所教授

株式部分保有 3つのケース

敵対的買収防衛策との関連で、最近、日本企業の株式持ち合いの是非が、盛んに議論されている。ただし、事業会社が他の事業会社の株式を部分的に保有する(partial ownership)という現象は必ずしも日本企業にみられる固有な現象ではなく、米国も含めて世界的に見られる現象である。

事業会社が他の事業会社の株式を部分的に保有する主なケースとしては、以下の3つのパターンが考えられる。

(1) 戦略的提携関係にある企業間で、双方の企業が互いの株式を保有、もしくは、一方の企業による相手企業の片務的な株式保有。とくに、一方の企業が相手の企業に製品やサービスを供給する場合にこのタイプは多く、その意味で垂直的な株式部分保有と考えられる。

(2) 同一産業における競争的な企業間で、双方の企業が互いの株式を保有、もしくは、一方の企業による相手企業の片務的な株式保有。同一産業内の競争状態にある企業間での株式保有なので、水平的な株式部分保有と考えられる。

(3) あまり関連性がない企業間で、双方の企業が互いの株式を保有、もしくは、一方の企業による相手企業の片務的な株式保有。関連性がない企業間で行われるので、コングロマリット的な株式部分保有と考えられる。

株式部分保有の事例

こうした3つの事例について、現実の事例を挙げてみよう。

最初の垂直的な株式部分保有に関していえば、日本の自動車産業やエレクトロニクス産業によくみられる最終製品生産会社(たとえばトヨタ)とそこに部品を提供する部品会社(たとえば小糸製作所)との間の株式持ち合い関係を挙げることができる。米国のバイオ産業やハイテク産業でよくみられる小規模な研究開発タイプのベンチャー企業の株式をマーケティング能力や経営能力の優れた既存大企業が保有するケースもこれに属すると考えることができる。また、証券化の損失を穴埋めするためにアメリカ証券大手メリルリンチが金融情報サービスのブルームバーグの持ち株20%を売却したと報じられていることからもわかるように、金融サービス業でもこのような事例は多い。

2番目の水平的な株式部分保有としては、日本の鉄鋼産業における新日本製鉄・住友金属・神戸製鋼三社間の株式持ち合いや海外の大手鉄鋼会社との株式持ち合い、世界最大手のミタル・スチールによる競争相手の鉄鋼会社に対する株式保有など、こちらも意外と例が多い。最後のコングロマリット的な株式部分保有は、日本の三菱・三井・住友などの企業集団に属する企業間の株式持ち合いが典型であり、アメリカ・イギリスなどでは、ほとんどみられない。

株式部分保有の理論的背景

これらの株式部分保有を合理的に説明するための理論を提供する論文は、ファイナンス分野や産業組織論分野の国際的な専門雑誌において、いくつか散見される。まず、垂直的な株式部分保有を説明するものとして、次のような議論がある。最終製品生産会社としては、最終製品に対する部品会社の供給する部品の適合性を高めて生産性を向上させるための(最終製品生産会社向けの)投資をきちんと行ってもらう必要がある。そのためには、最終製品生産会社が部品会社に対してその努力に対する報酬をきちんと保証してやる必要がある。

ところで、最終製品生産会社が部品会社の株式を部分的に保有することは、最終製品会社の収益に部品会社の利益が撥ね返る結果として、部品会社に対する報酬のそのような保証につながる(Dasguputa and Tao 2000)。また、研究開発企業から知識や研究成果の提供を受けた後で、既存大企業が研究開発企業の事業分野に参入したりすることがないよう、もしくは、研究開発企業の経営者が自企業を売却したいときに高く売却できることを保証してやるために、既存大企業が研究開発企業の株式を保有してやることが合理的である、とする議論もある(Mathews 2006)。

水平的な株式部分保有を説明する議論としては、競争的な企業同士が互いに株式を保有することにより協調的な競争関係が生まれ、株主の利益になるというものがある。この議論は、過当競争の弊害に悩む産業では、重要な意味を持つかもしれない。一方、それ以外の産業では競争抑制的な側面があるので、経済厚生的な視点からは、水平的な株式部分保有を擁護する議論とはなりにくいであろう。

コングロマリット的な株式部分保有に関しては、アメリカ・イギリスなどでは、ほとんどみられないこともあって研究は少ないが、そのうちの1つに、ある企業集団に属する企業間での株式持ち合いは、その企業集団全体の意向に反することを行おうとする経営者に対する規律として機能しているというものがある。すなわち、将来の株主総会などでその企業集団に属する他の企業が協調して現経営者を更迭する可能性がある時には、協調を乱す企業の経営者に対する規律づけ手段となるとするものである(Berglof and Perotti 1994)。

もう1つは、敵対的企業買収の脅威がある時に敵対的企業買収を避けることを目的とする近視眼的な経営戦略を経営者が選択することを防ぐために、株式持ち合いにより敵対的企業買収の可能性を引き下げることが企業価値を引き上げるのに役立つというものである(Osano 1996)。どちらの研究も、ある条件のもとでは、株式持ち合いが経済厚生を高めることに貢献することを示しているが、それがどこまで一般的にいえるかは、議論の余地がある。

株式持ち合いに合理性はあるのか?

以上の議論をまとめると、とくに株主の立場から見た株式持ち合いの合理性に関しては、現段階では、次のようなことがいえよう。垂直的な株式持ち合いに関していえば、最終製品に対する部品会社の供給する部品の適合性を高めて生産性を向上させるための(最終製品生産会社向けの)投資をきちんと行う必要性が高い、もしくは、研究開発企業にとって既存大企業の協力を得る必要性が高いような場合には、株式持ち合いは企業価値を高める可能性があり、株主の立場からみても合理的であるといえる。

水平的な株式持ち合いに関しては、過当競争の生み出す非効率性に悩む産業に属する企業についていえば、企業価値を高めるという意味で、株主の立場からは必ずしも否定されるべきものではないかもしれない。一方、そうでない産業に属する企業についていえば、その企業の株式のみを持つ株主の視点からは企業価値を高めるという意味ではよいように見えるが、当該企業の製品をインプットとして利用する産業に属する企業の株式をも保有するような幅広く株式を保有するタイプの株主(たとえば、年金基金)にとっては、望ましくないものといえよう。もちろん、消費者としての株主という面から考えた場合にも望ましくないといえる。

最後のコングロマリット的な株式持ち合いに関しては、ある種の状況下では、経営者の規律を高める役割を持つ可能性もあるが、一般的にそれが妥当であるというわけではない。むしろ多くの場合に望ましい敵対的企業買収を排除してしまう可能性があるので、その場合にはコングロマリット的株式持ち合いは避けるべき根拠があるといえる。

2008年9月3日

著者プロフィール

京都大学経済研究所教授。大阪大学大学院経済学研究科修了(経済学博士)。滋賀大学助教授、大阪大学助教授を経て、現職。

文献
  • Berglof, E. and E. Perotti, 1994, "The Governance Structure of the Japanese Financial Keiretsu, " Journal of Financial Economics 36, 259--284.
  • Dasgupta, S. and Z. Tao, 2000, "Bargaining, Bonding, and Partial Ownership," International Economic Review 41, 609--635.
  • Mathews, R.D., 2006, "Strategic Alliances, Equity Stakes, and Entry Deterrence," Journal of Financial Economics 80, 35--79.
  • Mathews, R.D., 2007, "Optimal Equity Stakes and Corporate Control," Review of Financial Studies 20, 1059--1086.
  • Osano, H., 1996, "Intercorporate Shareholdings and Corporate Control in the Japanese Firm," Journal of Banking and Finance 20, 1047--1068.

2008年9月3日掲載

この著者の記事