近視眼的株主と種類株

小佐野 広
京都大学経済研究所

RIETIの「企業統治分析のフロンティア」分析研究グループの成果として、『企業統治制度改革と日本企業の成長』が出版される予定です。
そこで各章の内容に関するコラムを連載していきます。

私が担当している章では、種類株やロイアリティ株式が長期的視点から見て株主価値の向上に本当に役立つのかという問題を、理論的かつ実証的な観点から、これまでのこの分野の研究成果をまとめて整理しながら検討している。そのような問題を考察する背景としては、近年、機関投資家による株式保有が短期化して、いったん株式に投資したら長期間保有し続けるという伝統的な投資政策にしたがっていないのではないか、というファクト・ファインディングスがある。

たとえば、最近のアメリカの機関投資家の動向を見ると、彼らが株式を保有している企業のパフォーマンスが悪化した場合でもその企業に何らかの手段で積極的にかかわって経営を修正するのではなく株式を売却してしまうという単純なウォール・ストリート・ルール (Wall Street Rule) に従う傾向が観察される。それのみならず、投資株式の保有期間がどんどん短期間になっていくという傾向もみられる。このような傾向は、アメリカの株式市場において経営者に対する近視眼的な圧力が増加していることとも符号している。したがって、機関投資家の投資戦略が、アメリカにおいて経営者に対する近視眼的圧力が強まっている大きな理由になっていると考えられる。

実際、経営最高責任者 (CEO)、社外取締役、株価アナリスト、企業経営に積極的に注文を出す投資家 (activist investors) などのパフォーマンスのベンチマークとして、株価パフォーマンスが使用されることが多くなっている。その一方、機関投資家が株価指標に連動した成果を追求する戦略 (passive investment strategy) をとるようになり、株価指標でのウェイトの高い銘柄企業以外の経営者に積極的に注文を出す必要は薄まっている。また、機関投資家が投資先の企業の株主総会で投票行動を行う場合も、自ら調査するというよりは、企業にどのようなアドバイスや注文を出すかということを代行する企業 (proxy advisory firm) を利用する事例が増加していて、かつ、そのような代行サービスは2つの大手企業による寡占状態になっていて、 表面的なリサーチで終わる可能性が高くなっている。 日本の場合は、パフォーマンスの指標として株価が利用されることは少ないとはいえ、徐々に増加している。また、機関投資家の投資戦略や行動についてはアメリカと同様な傾向がみられる。その意味で日本においても機関投資家による経営者に対する近視眼的圧力は以前よりは増加しているといえる。

いくら経営者や金融システムにおける近視眼的傾向を正したとしても、企業に影響力を持つ大株主の視点が近視眼的であり短期の結果を追求するのであれば、その効果は限定されてくることになる。そのため、大株主の視点が近視眼的である場合にはそれをどう解決していくかが重要な問題となる。この問題に対する企業側による1つの対応策としては、株式市場に上場している公開企業であることをやめて、非公開企業 (private company) にすることが考えられる。しかし、一部の企業で非公開企業になることを試みるのはいいが、すべての企業で行うわけにはいかない。とくに流動性がない株式は年金ファンドが購入できないので、非公開企業化はファンドとガバナンスの問題を解決することにはならない。

もう1つの方法として、1株1投票権の普通株ではなく、1株当たりより多くの投票権を持つ種類株や、株主による長期株式保有に報いるロイアリティ株式 (loyalty-shares) を企業が発行して長期的視点を持つ株主にそれらを与える、ということが考えられる。具体的な種類株やロイアリティ株式の例については、私が担当している章の第3節で議論しているが、種類株やロイアリティ株式の発行自体はそれぞれ固有の費用を伴うので、それらが本当に機能するのかどうかという問題を議論しておく必要がある。したがって、私が担当している章の各節の課題は、種類株やロイアリティ株式が長期的視点から見て株主価値の向上に本当に役立つのかという問題をこれまでの研究の成果を整理しながら検討するということにある。

以上のような問題の整理検討から、以下にまとめるような示唆が得られている。静学的な理論モデルを使った分析では、オーナー(家族)系企業や(新興国のものも含めた)政府系の企業における経営権争いを考える場合には、1株1投票権の普通株のみの証券―投票権構造が最適でない可能性がありうることが示されている。とくに、新興国の政府系企業による買収の可能性が高い業種におけるオーナー(家族)系企業においては、両者の私的便益が企業の収益流列に比して無視できない大きさを持ちやすくなるので、何らかの種類株を導入してもいいかもしれない。しかし、それ以外の状況では、1株1投票権の普通株のみの証券―投票権構造が最適であると考えられる。

これに対して、経営者のプロジェクト選択や株主の保有行動を動学的な理論モデルを使って分析する場合には、ロイアリティ株式のような時間とともに証券構造が変化してくるような種類株を発行することにより既存経営者の近視眼的な行動を抑制する、あるいは、大株主のモニタリング活動を促進する可能性はありうる。ただし、既存経営者の近視眼的な行動を抑制する効果に関してはロイアリティ株式を発行することにより既存経営者の期待利得が本当に上昇するかどうかをチェックする必要があり、ロイアリティ株式を発行することにより既存経営者がより長期的な視点からプロジェクトを選択するようになる状況は限定的なものかもしれない。また、既存経営者、競争相手、各外部株主の時間に関する選好(割引率)が異なるため、長期的な視点から正当化されないプロジェクトといえども、社会的厚生を最大化している可能性もありうる。これに対して、後者の大株主のモニタリング活動を促進する効果に関しては、ロィアリティ株式のような種類株式は大株主のモニタリング活動の際に生じるフリー・ライダー問題を緩和する役割を果たすことができると考えられる。しかし、トヨタ自動車が発行したAA型種類株式のように大株主に対する新株の購入割り当てが低いものは大株主のモニタリング活動の際に生じるフリー・ライダー問題をかえって悪化させる可能性が高い。

実証研究はアメリカのデータを使っているものが大半であり、現在の所、1株1投票権の普通株のみの証券―投票権構造の優位性を支持するものが多い。いずれにせよ、各国のデータを使ったさらなる研究が望まれる。

2016年3月11日掲載

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