リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第3回「『メイン寄せ』による規律づけと実証分析」

小佐野 広
京都大学経済研究所

堀 敬一
立命館大学経済学部

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第1章「『メイン寄せ』による規律付けと実証分析」のエッセンスを紹介しています。

1990年代末以降、メインバンク・システムによって特徴づけられる日本の銀行と企業の関係に変化が生じてきた。そうした変化は、企業とメインバンクとの関係だけでなく、非メインバンクとの間にも観測されるようになった。たとえば1990年代末以前であれば、メインバンクが融資先企業を破たん処理しない限り、非メインバンクは基本的に融資を継続していた。しかし1990年代末期以降はその傾向に変化が見られ、メインバンクによる破たん処理に先立って、非メインバンクが融資を引き揚げる事例が観察されている。非メインバンクが融資を引き揚げた場合、メインバンクがもし融資先企業の事業を継続したいと考えるのであれば、引き揚げられた融資額を穴埋めする必要がある。この穴埋めによって、借り入れ総額に占めるメインバンクからの借り入れの割合が上昇することを「メイン寄せ」と呼ぶ。

『日本の企業統治』第1章は、「メイン寄せ」の可能性を考慮した、銀行と融資先企業との関係を記述した理論モデルに基づいて、日本のデータを用いた実証分析を行った。以下では初めに理論モデルの概要と実証的含意を述べ、その後、実証分析の方法・結果を説明する。

理論モデルの概要は以下のようなものである。はじめに企業の収益性が明らかでない状況で事業が開始され、メインバンクと非メインバンクが共に企業に融資することを仮定する。その後、メインバンクは事後的な企業業績と企業の期待収益性(高収益あるいは低収益)に関する両方の情報を得るのに対し、非メインバンクは企業業績に関する情報のみを得る。非メインバンクは、企業業績を観測した後、融資から撤退するか否かを決定する。業績悪化により非メインバンクが融資から撤退した場合、メインバンクは「メイン寄せ」により融資を継続するか、それとも融資先企業を清算するかを決定する。「メイン寄せ」を行う場合には、メインバンクが追加的な資金を資本市場で調達をする必要があるため、企業の期待収益性に関する私的情報により、逆選択問題が生じる可能性が存在する。このことにより、低収益の企業の融資は清算され、高収益の企業だけに対して融資が継続される均衡も存在すれば、期待収益の大きさとは無関係に融資が継続されてしまう均衡も存在する。したがって前者が効率的な均衡であるのに対し、後者はいわゆる「ゾンビ企業」を発生させる非効率的な均衡と考えられる。

それではどのような状況で効率的な、あるいは非効率的な均衡が発生するのだろうか。均衡の種類を決定するのは、非メインバンクの融資額と比べた融資先企業の期待収益性と、非メインバンクの融資額と比べた融資先企業の解散価値である。前者が小さいほど、あるいは後者が大きいほど、メインバンクは融資先企業を積極的に清算するので、効率的な均衡が生じやすくなる(仮説2)。また以下の実証研究では仮説2の検証に加えて、仮説2の前提である「業績が悪化している企業ほど『メイン寄せ』が起こりやすい」(仮説1)と、「メイン寄せ」の帰結である「メインバンクによる貸し出しが、融資先企業の総資産に影響を与える」(仮説3)も併せて検証する。本稿では全上場企業を対象に、日経NEEDSの2005-2008年度のデータを用いて、以上の3つの仮説を検証している。

仮説1の検証における推定式で、被説明変数はメインバンクの貸出比率の増分、説明変数はトービンのq、前年度最終損益赤字を表すダミー変数、あるいは前年度まで2期連続最終損益赤字を表すダミー変数、などである。最小二乗法による回帰分析の結果、企業の成長可能性を表すとみなせるトービンのqはメインバンクの貸出比率へ有意な影響を持たない一方、最終損益赤字ダミーはメインバンクによる貸出比率を有意に増やすという結果を得た。この結果は、業績が悪いと「メイン寄せ」が起こりやすいことを示唆している。

仮説2の検証は、業績が悪化しかつ非メインバンクからの借り入れ額が減少した企業を対象に行われる。推定式の被説明変数はメインバンクおよび非メインバンクの貸出増加を表すダミー変数、説明変数は非メインバンクの融資額に対する期待収益の比率、および、それに対する解散価値の比率などで、プロビットにより推定が行われる。その結果、前期赤字企業の場合、効率的な均衡を示唆する結果が得られたが、前期まで2期連続赤字企業の場合、そのような結果が得られず、頑健とはいえない推定結果となっている。ただし、リーマン・ショック以降の2008年度に限れば、効率的な均衡が実現していると判断される。また、1990年代前半のデータを用いた推定においては、ゾンビ企業を発生させる非効率な融資が行われたことを示唆する結果が得られた。

最後に、仮説3の検証では、被説明変数を総資産変化率とする回帰分析を行い、説明変数に含めるメインバンク貸出額変化率の係数に注目する。その結果によると、前期赤字企業への貸出においてはメインバンク貸出増加が総資産に対して有意に正の効果を与えている一方で、2期連続赤字企業への貸し出しにおいてはそのような有意な結果は得られなかった。

これまでの推定結果は以下のように解釈することができる。銀行危機以前の時期(1994-1996年度)はゾンビ企業が発生し、不良債権問題が深刻化する契機になった時期といえる。したがって「メイン寄せ」とそれに伴うメインバンクの追加的融資は、メインバンクによる非効率な資源配分を反映した現象と解釈できる。銀行危機以後の数年間(1998-2000年度)は、金融システムの混乱と不況がより深刻化した時期であることは確かだが、そのことと「メイン寄せ」に伴うメインバンクの追加的融資の間にどのような関係が存在したかは本稿では明らかにすることはできなかった。

また1990年代の結果と比較すると、2000年代後半に起きていた「メイン寄せ」とそれに伴うメインバンクの追加的融資は性格が異なる現象と考えられる。リーマン・ショック以前(2005-2007年度)、メインバンクは「メイン寄せ」に伴う追加的融資に関してどのような戦略を選択していたか、頑健な結果は得られなかったが、非効率な企業のリストラが先送りされていた可能性が存在する。ただしこの時期が比較的好況期であることから、メインバンクがリストラを行う誘因は小さかったのかもしれない。一方、リーマン・ショック以後(2008年度)は、経済環境が悪化したために、メインバンクは非効率な企業からの融資を積極的に引き揚げるようになった。この点でこの時期の「メイン寄せ」とそれに伴うメインバンクの追加的融資は1990年代とは大きく異なっている。

2011年9月20日

2011年9月20日掲載

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