ブレイン・ストーミング最前線 (2007年7月号)

生産性競争の時代―日本は再びキャッチ・アップできるか―

深尾 京司
RIETIファカルティフェロー・一橋大学経済研究所教授

宮川 努
ファカルティフェロー・学習院大学経済学部教授

昨年、JIP2006(日本産業生産性データベース)が完成し、EU KLEMSプロジェクトに日本代表として参加してまいりました。EU KLEMSは国際的な全要素生産性(TFP)の比較を目指すプロジェクトで、今年3月に最初のデータベースを公開しています。本日は、生産性競争で米国に大きく遅れをとったEUと同様の問題を日本も抱えているのかという観点から行った分析をもとに、日本の生産性向上に向けて何が必要かについてお話したいと思います。

95年以降、米国のTFPは大幅上昇、一方、EUと日本は減速

EU KLEMSによって、日・米・欧州主要国(英・独・仏・伊)の主要6カ国の成長会計を比較してみますと、1980年~95年の間、日本の平均経済成長率はこの中で最も高く、日・米・欧州の順でしたが、95年~2004年の間では、日本の経済成長率はこの中で最も低くなり、米・欧州・日本の順になりました。

この要因については、まず米国はTFP上昇率が大幅に増加し、資本サービスの増加寄与も上昇したため、高い成長率となったこと、そして欧州は、イタリアとドイツは少しずつ状況が異なりますが、TFPの伸びは減速したものの、資本サービスと労働投入が増加したため、米国に次ぐ成長率となったこと、さらに日本は、TFPも資本サービス投入の伸びも減速し、労働投入はマイナスとなったため経済成長率が失速したことなどが挙げられると思います。

また、95年以降、日本とイタリア以外、とくに米国と英国で情報通信技術(ICT)資本サービス投入の増加が加速したのに対し、日本では、95年以前に大幅な伸びを示していた非ICT資本サービス投入が急減速したのも大きな特徴です。

日本は、商業・運輸業と製造業(電気機器以外)でTFPが減速

産業別にTFP上昇率をみますと、95年以前も以降も、日本のICT生産産業(電気機器・郵便・通信産業)は、6カ国中でトップとなっています。しかし、ICT生産産業がマクロ経済に占めるシェアは低いのが実情です。

一方、日本のTFP上昇の95年以降の減速は、主に商業・運輸業と電気機器以外の製造業というマクロ経済に占めるシェアの高い産業で起きました。同時期に米国及びイタリアを除く欧州主要国では、これらの産業のTFP上昇率が日本よりずっと高くなっています。

欧米より格段に低い日本の市場サービス等の労働生産性

97年まで大陸欧州国の市場サービス産業の労働生産性は米国とほぼ同等の水準でしたが、それ以降上昇が大幅に減速しています。また、大陸欧州国はイノベーションや新しい技術導入について米国に後れをとっているとの研究があります。私たちは、日本も同じ問題を抱えているのかとの問題意識で、(社)日本経済研究センターと(財)国際経済交流財団の研究成果をもとに、労働生産性の国際比較を行いました。この結果、日本の製造業部門の労働生産性は米、独、仏とほぼ同様ですが、市場サービス、電気・ガス・水道、農林水産などの部門では格段に低かったのです。

日本の生産性は、単にイノベーションや新技術の導入だけでなく、既存技術の適応拡大や資源配分の効率化によって改善する余地が多く残されているのではないかと考えます。

米国の生産性を加速させたのはICT投資、日本は立ち遅れ

ここで、電子計算機、通信機器、ソフトウェアといったICT投資が経済成長に果たした役割についてみますと、95年以降の米国の生産性を加速させた最大の要因がICT投資の増加だったといえます。

ICT設備の増加は、主要国で3つのグループに分かれます。フロント・ランナーは米国と英国で2004年は95年の4倍に達しています。次が独、仏で、この間に約2.8倍、最下位グループの日本とイタリアは、2倍に達していません。この要因は、日本のICT投資は95年までは米国並みに伸びていましたが、バブル崩壊後、IT革命によるネット化、ダウンサイジングの波に乗り遅れ、米国に引き離されたことにあります。特に、流通業、対個人・社会サービスでICT投資の伸びが低くなっています。

また、主要国のICT投資とTFP上昇率との間には正の相関関係が確認されています。ICT投資によって労働者1人当たりの設備量が増えると、労働生産性が上昇するとともに企業の組織効率性を上昇させてTFPの上昇を促す効果があります。

ICT投資を補完する無形資産の蓄積が重要

しかし、米国と英国のICT投資とTFP上昇率の関係を詳しく見てみますと、ICT設備の伸び率は両国とも16~17%と高いのですが、TFP上昇率は米国が1.5%超であるのに対し英国は0.5%で差があります。

このようにTFP伸び率の差が違ってくるのは、ICTを使っている産業の問題、ICT設備の使い方の問題ではないかと思います。欧米の経済学者の間では、同じICT設備を備えていても米国との差が生じる背景には無形資産の蓄積の差があるのではないかとの考えが広まっています。ここで言う無形資産は、会計学上の概念より広く、教育、職業訓練や経験などの人的資本、研究開発などの知識資本、工学や組織のデザインなどの組織資本、新製品のマーケティングなども含まれます。

日本の無形資産投資を試算しますと、95年~02年平均で対GDP比率7.8%と、米国の同11.7%、英国の同10.9%より低い水準にあります。日本の生産性を向上させるためには、労働投入シェアの60%以上を占めるサービス産業での生産性上昇が急務で、そのためには、この分野でICT投資の蓄積とそれを補完する無形資産の蓄積を促進し、蓄積を円滑にする金融システムを整備することが重要だと考えます。

質疑応答

Q:

政策へのインプリケーションはどのようなものがありますか?

深尾:

EUでは、こうした研究を政府が引き継ぐ動きが強まっています。日本でも、JIPデータベースの整備を政府が引き継ぐことも検討してほしいと思います。

宮川:

欧米では人や組織がソフトウェアに適応する形で人的資本が蓄積されたり、コンサルティング業を利用して組織のIT化が進められたりしています。日本でもIT投資は従来の仕事の形態を変える方向で蓄積されていくべきで、無形資産経営のための政策的対応あるいはガイドラインが必要ではないでしょうか。

※本稿は4月17日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年7月24日掲載

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