はじめに
小売店に関する規制体系は、これまで「大規模小売店舗調整法」(大店法)による「大型店VS中小店」という視点に基づく経済的規制から、1998年に成立したいわゆる「まちづくり三法」(中心市街地活性化法、大規模小売店舗立地法及び都市計画法の改正法)という社会的規制への転換が行われた。さらに、今般の「改正まちづくり三法」の法案により「中心市街地VS郊外」という立地をベースとした議論に転換している。その背景には、1990年代以降の大店法に基づく規制緩和が進むプロセスにおいて、郊外における大型店の立地が進み、その一方で中心市街地の空洞化が進むという現象に歯止めがかからなかったことが指摘されている。こうした取り組みの中で、大規模小売店の中心市街地への誘致や、病院・公共施設の戦略的な再配置による中心市街地の活性化が議論されているが、その効果についての定量的な評価はほとんど行われていない。本稿では、商業統計調査や事業所企業統計、国勢調査等のメッシュデータを用いて、全国レベルで中心市街地における中小小売店の販売額変化を定量的に分析した松浦・元橋(2006)(以下、拙論文)を紹介する。
中小小売店販売変化の決定要因
拙論文では、中心市街地における中小小売店の活動の決定要因としては、大規模店の参入・退出と公共施設の立地にフォーカスした分析を行った。2000年に廃止された大店法は、大規模店の進出した場合でも地元中小小売店の事業機会を適正に確保できるよう配慮するための調整を図るために設けられたものである。しかし、最近では、むしろ中心市街地から大規模店が撤退することは当該地域の空洞化を招くなど、負の影響を与える可能性があることが指摘されている。拙論文では、大規模店の参入・退出による中小小売店の活動への影響を分析することによって、これらの点を分析している。
また、公共施設の立地については、市役所や病院などの公的施設の存在が、中心市街地の活性化にどのような影響を及ぼすか評価を行うものである。公的施設を商業地に隣接させるように戦略的に再配置すれば中心市街地の活性化に寄与するという議論がある*1が、ここではその有効性について検証する。この分析は2006年以降に施行される「改正まちづくり三法」により、地方自治体が中心市街地活性化を目指して戦略的なまちづくりを考える上で重要なインプリケーションを与えると考えられる。
データ
次に、分析に用いるデータセットについて説明する。中心市街地の「にぎわい」を示す指標としてコンビニエンスストアを除く「中小小売店」の売上高を用いることとした。拙論文で用いるデータセットは、商業統計の第三次区画(1キロメートル四方の区画)のメッシュデータであり、この1キロメートル四方の空間が、一般的に駐車場をもたない中小小売店の商圏と考えた。そうすると中小小売店の売上は主に徒歩で当該地域に足を踏み入れた人の数と相関性が高いことが考えられる。これを当該地域の「にぎわい」としてとらえ、それぞれのメッシュにおける大規模店の参入・退出や公共施設の有無とどのような関係があるのかを分析している。
小売店の販売額データは、平成9年と平成14年の商業統計メッシュデータを用いた。規模及び業態は、表1のように分類した。
各メッシュの地域属性は、平成14年商業統計調査の立地環境特性区分を利用して、中心市街地とその他地区の2つに分類した。また、都市圏と地方圏では、人口密度の違いから中小小売店販売額の変化パターンに大きな違いがあると予想されるので、各市区町村を三大都市圏、(三大都市以外の)都市圏、地方圏の3種類に分類した*2。
計量モデル
本節では、中小小売店の販売額変化率で見た中心市街地の「にぎわい」の決定要因を統計分析によって明らかにする。具体的には、以下のような回帰分析を行う。
Gi = α+ Σβj *Dij + Σγk *Xik + Σδl*Zil + η*Sit-1 + εi
ここで、Gは、1997年から2002年にかけての中小小売店の販売額変化率(5年間の変化、対数差分で定義)である。Dijは、大規模店の動態を示すダミー変数(イベントが起こると1をとる変数)であり、この係数βjに注目することで、大規模店の参入・退出が発生した地域では、そうでない地域に比べて、中小小売店の販売変化率がどの程度異なるかを知ることができる。
大規模店の動態は、(1)大規模店立地なし、(2)大規模店の参入(既存店舗なし&大規模店新規参入)、(3)大規模店の増加(既存店舗あり&大規模店増加)、(4)大規模店の撤退(既存店舗あり&すべての大規模店が閉店)、(5)大規模店の減少(既存店舗あり&大規模店減少)の5つのグループを比較した。
病院・公共施設の立地・撤退の影響については、病院・公務事業所の動態ダミーXの係数γkに注目する。病院・公務事業所の動態についても、大規模店の動態と同様、(1)病院・公務事業所なし、(2)病院・公務事業所数増加、(3)病院・公務事業所数減少、の3つのグループを比較した。
その他の説明変数としては、地域属性を示す変数Z(高齢者比率、昼間人口、市区町村別乗用車保有比率)、期首の中小小売店の販売額(対数値)Sit-1を加えた。εiは誤差項である。
分析結果
前節で提示した回帰モデルを最小二乗法で推定した結果を表2に示す。実際の推定では、立地環境区分を分割しないケース、中心市街地以外の地域に限定した推計も行っているが、ここでは誌面の都合上、中心市街地に関する結果のみを紹介する*3。表の各々の数値は、大規模店、病院・公務事業所の動態パターン別にみて、中小小売店販売額変化率が、大規模店、病院・公務事業所がない地域に比べてどの程度異なるかを示している。“*”は、数値の統計的な信頼性を示しており、“*”の数が多いほど係数の信頼性が高いことを示す。この表から以下の3つの事実が指摘される。
第1は、三大都市圏、都市圏、地方圏のいずれにおいても、大規模店の存在は、中小小売店の販売額に大きな影響を及ぼしているという点である。大規模店Iでみても、大規模店IIでみても、「大規模店あり」ダミーの係数は、ほぼ一貫してプラスで信頼性のある結果が得られた。また、「参入ダミー」の係数の多くがプラス、「撤退ダミー」の係数の多くがマイナスで信頼性のある係数が得られていることから、大規模店の参入・撤退といったイベントが中小小売店に大きな影響を持つことがわかる。
第2は、大規模店Iと大規模店IIの参入・撤退インパクトの違いである。三大都市圏では、より規模の小さい大規模店IIの係数の信頼性は乏しいが、より規模の大きい大規模店Iの係数は信頼性のあるものであり、係数それ自体も大きな数値となっている。既存の商業集積の規模が大きく、鉄道網が発達し広範囲からの集客が見込める三大都市圏においては、売場面積が1500m2未満の大規模店では近隣の中小小売店への集客効果はあまり期待できないことを示していると考えられる。一方、都市圏及び地方圏では、参入・退出の係数の大きさ、信頼性の高さから、大規模店I、大規模店IIのいずれも中小小売店の販売額変化率に大きなインパクトをもっていることがわかる。
第3は、病院・公務の役割である。「病院あり」ダミー、「公務あり」ダミーの係数は、いずれもプラスでほとんどの場合、十分に信頼性があることが示されている。従って、病院や公務事業所などの公共施設の存在も中小小売店の売り上げと正の相関関係があることが分かる。ただし、「病院の増加」「公務の増加」の係数については、三大都市圏、地方圏の「公務の増加」を除いて信頼性のある結果とはいえない。加えて、「病院あり」ダミー、「公務あり」ダミーの係数と「大規模店あり」ダミーの係数を比べると、概ね「大規模店あり」ダミーの係数のほうが大きい。たとえば、地方圏で「病院あり」の係数は0.119に対して、大規模店Iの係数は0.160、大規模店IIの係数は0.208である。この係数の大ききの違いから、公共施設よりも大規模小売店のほうが中小小売店販売額へのインパクトが大きいことがわかる。*4
結論<
ここでは、商業統計調査等のメッシュデータを用いて大規模店の参入・退出や公共施設の有無が中小小売店の売上の与える影響について定量的な分析を行った。1キロメートル四方のメッシュ単位の中小小売店の売上は、当該メッシュにおける徒歩による客足と相関関係があると考えられるので、これを「商業の活性化」を示す指標として、その決定要因に関する分析を試みた。
その結果、大規模店の参入(退出)は、当該地域の「商業の活性化」に対して正(負)の影響があることが分かった。大店法は、大規模店舗の進出に際し地元の中小小売店の事業活動を確保できるよう配慮するための調整を図るものであったが、大規模店の進出はむしろ当該地域に集客をもたらす効果があることが確認された。大型店と中小店の相乗効果が確認されたことは、中心市街地の空洞化は大型店の立地が市街地から郊外に移転したことの影響もあることを示唆している。「大店法」が廃止され、今般、「まちづくり三法」の改正が目指していることは、小売業の規制体系の視点を「大型店VS小売店」から「中心市街地VS郊外」に転換させるものであるが、この基本的な流れは正しい判断といえる。また、病院や公務事業所などの公共施設の存在も中小小売店の売上と正の相関関係があることが分かり、まちづくり三法の趣旨である地方自治体としての総合的なまちづくりの重要性も確認された。ただし、病院や公務事業所の効果には、大規模小売店の立地を上回るような効果は期待できないことも事実であり、地方自治体と大規模小売店事業者の連携も重要な課題と考えるべきであろう。
このようにセンサスデータを用いた定量分析結果によって、中心市街地活性化対策の基本的な方向性について確認できたことの意義は大きいが、その一方で全国レベルの分析は限界があることも事実である。たとえば、「商業の活性化」のための具体的な施策を考えた場合には、データでは把握できない「街の魅力」といった質的な要素が大きいのではないかと考えられる。地方自治体レベルで具体的な中心市街地活性化対策を考える際には、それぞれの地域の特色を生かしながら、いかに当該地域の魅力を引き出すかが重要になってくる。経済産業省(2006)においては、自治体レベルにおける具体的な取り組みに関する事例紹介を行っているが、このようなケーススタディを今回行ったような定量分析と併せて行うことによって、より細かいレベルの政策的インプリケーションを導出することが可能になると考えられる。