米国の生産性関連統計改革について:米国経済センサスを中心に

松浦 寿幸
研究員

生産性指標は、ミクロレベルでは、企業の効率化の指標、マクロレベルでは、国際競争力の指標として活用されおり、政策の意思決定、進捗把握、事後評価において、重要な役割を果たしている。生産性成長の源泉を探り、さらなる拡大を図るためには、まず、生産性の現状について正確な情報を得ることが必要となる。現在の日本経済に注目すると、2006年時点での広義サービス産業のGDPシェアは60%(注1)を占めており、サービス産業の生産性の把握が重要な課題となっている。しかしながら、サービス業の生産性計測に必要な、産出や中間投入、価格、資本・労働投入の計測にはさまざまな困難な問題を抱えている。たとえば、米国のサービス業はITの利用やサービスのアウトソーシングの活用で生産性向上させていると言われているが、わが国では同様のデータを利用することは困難である。また、ここ数年増加していると言われているSOHOなども十分には把握されていないという問題もある。このように、わが国において現在利用可能なサービス業関連統計データは、多くの課題を抱えているといえる。

『アメリカ経済センサス研究』表紙
『アメリカ経済センサス研究』菅幹雄・宮川幸三著、慶應義塾大学出版会(2008)

こうした問題はわが国に限定されるものではなく、欧米諸国も同様の問題を抱えていることが知られている。とりわけ、米国においては、サービス業のシェア拡大が生産性に及ぼす影響について活発に議論が繰り広げられ、同時に、統計の拡充が進められてきた。その中でも、中心的な役割を果たしてきたのが経済センサスの拡充である。わが国においても産業構造の包括的な把握を目的として、2011年より経済センサス(注2)の創設が予定されているが、この背景や長期的な課題を知る上でも米国における経済センサス の背景や意義を知ることは重要である。そこで、本コラムでは、先ごろ出版された『アメリカ経済センサス研究』(菅幹雄・宮川幸三著, 慶應義塾大学出版会)を紹介しながら、米国におけるサービス統計の現状を紹介する。

米国の生産性関連統計の経緯

米国の産業統計の歴史において、サービス産業が本格的に調査されるようになったのは、1935年の経済センサスからである(注3)。それ以前からも卸小売・ホテル産業などにとついて統計が収拾されてきたが、この調査で初めて、全産業を対象とする調査が試みられた。その後、財政的な理由からか、第二次世界大戦戦間期から戦後にかけては、サービス業関連の調査は縮小し、調査対象は、卸小売業ほか、ごく一部のサービス業関連業種に縮小されたが、その後、徐々に調査対象は拡充され、並行して、調査票の見直しや、産業分類の見直しが行われ、その質的改善がなされてきた。

米国経済センサス質的向上のポイント

経済センサスの質的向上は、主に、(1)調査対象の拡大と、(2)調査票の改善、(3)産業分類の再整備に要約される。まず、調査対象の拡大は、前述のとおり、戦後、徐々にサンプルの拡大が進められてきた。調査対象の拡大には、調査費用、特に、調査名簿の整備に膨大な時間とコストが必要となるが、米国では、財政赤字による統計予算の削減という止むを得ない事情から、1950年代半ばから名簿整備に行政記録、すなわち所得税記録情報や社会保障番号等を活用しようという動きがみられた。米国では、このように、いち早く行政記録を統計整備に活用する下地を構築したことにより、近年、増加しているSOHOやネット通販についても、かなりの精度で補足が行われているという。

経済センサスの質的向上の第2の点は、調査票の改善である。生産性の計測には、アウトプット・インプットを正確に計測することが求められるが、米国の経済センサスでは、産業ごとに調査票が用意されており、その種類は500にも上るという。さらに、調査項目は多岐にわたっており、ITの利用やサービスのアウトソーシングなどについても詳細に調査が行われている。業種によって調査票の長さも異なるが、長いものでは20ページを越えるものもあるという。これほどまでに調査票が多種多様になると、調査票の配布のための費用、ならびに回答者の負担が増大し、調査事態の遂行が困難になるように思われるが、実は、ここで調査名簿作成における行政記録の整備が生きてくる。米国では、調査名簿作成において行政記録を利用していることにより、調査票を配布する前にどの事業所がどんな事業に従事しているかが分かるので、各事業者の業種に対応する調査票が配布可能となるのである。

第3の産業分類の再整備も、実は、調査票の改善と密接に結びついている。米国では、北米産業分類体系を導入しているが、この分類の特徴は、供給サイドの分類体系に統一されている点にある。供給サイドの分類体系とは、生産技術に注目した業種分類体系であり、具体的には、次のような例を考えると理解しやすいだろう。たとえば、木製・スチール製の椅子・テーブルの分類を考える際、需要サイドから考えると、機能面から考えて、「椅子」と「テーブル」をそれぞれグルーピングすることが望ましい。しかし、生産技術(供給サイド)を考えると、「スチール製椅子・テーブル」と「木製椅子・テーブル」をそれぞれの分類とすることが望ましくなる。後者の分類を採用した場合、使用する原材料などが事前にある程度把握できるようになるため、業種別に用意する調査票を、記入者に対して、できるだけ負担の無いようなフォーマットにするように設計することが可能になる。

このように、調査名簿作成の効率化、調査票の充実、産業分類の改善は、相互に連関しあって、米国における統計の質的向上を支えているといえる。

わが国の経済センサスへの示唆

『アメリカ経済センサス研究』の著者、菅幹雄氏、宮川幸三氏は、米国経済センサスの最大の特徴は、名簿作成、調査票設計から産業分類にいたる、すべての体系が補完的に作成されている点であると述べている。一方、わが国の経済センサスは、いくつかの事業所統計を統廃合する形で実施される予定であり、その調査体系の構築は今後の重要な課題であるといえよう。

2008年10月28日
脚注
  • (注1)ここでは、広義のサービス業を、卸小売、金融・保険、不動産、運輸通信業、サービス業と定義している。
  • (注2)経済センサスは、2009年に名簿作成を目的とした調査が行われ、2011年に経済活動指標の把握に重きを置いた調査が行われる。その後は、2011年を起点に5年おきに調査が行われることになっている。
  • (注3)米国のサービス統計改革の概略については、Triplett and Bosworth (2008)が簡潔にまとめている。また、経済分析局(Bureau of Economic Analysis, BEA)の産業統計の改善、労働統計局(Bureau of Labor Statistics, BLS)による生産者価格指数の改善については、筆者が参加したアジア生産性機構(Asian Productivity Organization)の「生産性計測に関する米国ヒアリング(APO Fact-finding Mission to the USA on Service-sector Productivity)」に関する報告書(APO; 2008)も参照のこと。
文献

2008年10月28日掲載