Research & Review (2003年4月号)

モジュラー・アーキテクチャーのインプリケーション

瀧澤 弘和
研究員

1980年代をアメリカ型経済システムが凋落し、日本型経済システムが勃興した時期だとするならば、1990年代以降は正反対に日本型経済システムが綻びを見せ、アメリカ型経済システムの再興が明確になった時期であったといえるだろう。多少のニュアンスを伴いつつも、こうした傾向が現在に至るまで継続していることは周知の通りだが、その根本原因や、日本の産業復活の手がかりに関しては、さまざまな意見が乱立している感がある。筆者は、その原因の1つは産業のあり方の変化にあると考えて研究をしてきた。

産業アークテクチャーのモジュール化

今回のアメリカの復活を支えたのは、主として情報通信産業の発展であった。シリコンバレーを中心として、次々と新しい起業家的企業がベンチャー・キャピタリストによって融資されて登場してきた。その結果、かつてはIBMの独壇場であったコンピュータ産業は、さまざまな産業へと分割され、各産業でこれら中小の起業家的企業がR&D活動を繰り広げるという産業組織上の大転換が実現した。同時に、このプロセスを通じて、コンピュータ関連産業の価値総額は急速に増加した。このような産業組織上の大転換の背後にあった諸要因のうちもっとも重要なものは、コンピュータやインターネットなどのアーキテクチャーのモジュール化である。

アークテクチャーのモジュール化とは簡単に言えば、複雑な生産物システムの設計をする際に、それを構成する部分間の依存関係を削減して、各部分をできるだけ独立に開発し、それらを組み合わせることによって全体の生産物システムを事後的に構成できるようにすることである。PCがその例であることは容易にわかるはずだが、インターネットなどの通信技術も標準インターフェースの存在によって、さまざまな階層の要素技術が組み合わされて実現されているという意味でモジュール化されている。モジュール化によって、(1)同一のアーキテクチャーを再利用しつつ、新製品を矢継ぎ早に開発できる、(2)各部品の開発者は他の部品の開発者との調整にあまり気をとられることなく、独立して作業でき、専門化の利益が享受できる、などの恩恵が得られる。上述したシリコンバレーの起業家的企業の多くは、スタンドアローンの生産物システムを開発・生産しているわけではなく、こうしたモジュール製品の開発・生産に携わることによって発展してきたのであり、アメリカのコンピュータ産業における産業組織上の大転換の背後にはモジュラー・アーキテクチャーが存在していたのである。

モジュール化の理論的解明

モジュール化のメリットは、上述したことだけではない。ボールドウィン=クラークは、研究開発の結果は現在の製品価値を上回るときに限って採用されることから、オプションにたとえられることを指摘し、モジュール化がいかに価値を創出するかを統一的な視点から分析した。たとえば、デザインをモジュール化し、多数の細かいモジュールの研究開発の結果を集計することで、モジュール化されない製品の研究開発によって生み出される価値よりも大きな価値が創出される(分割の効果)。また、複数の企業ないし企業内部門が同一モジュールの開発成果を競うことによっても、モジュール化された生産物システムの製品価値は急速に向上していくことになる(代替の効果)。

もちろん、一般に複雑な依存関係を持つ製品デザインをモジュール化することにはコストが伴うから、どこまでも細分化していけばいいというものではない。シェーファーと瀧澤は、生産物システムの細分化の度合いは、各モジュールの開発を担当する部門内部の調整にかかるコスト(チーム内調整費用と呼ぶ)と部門間の調整にかかるコスト(チーム間調整費用とよぶ)に依存することを明らかにした。より具体的には、チーム内調整費用が高ければ高いほど、またチーム間調整費用が低ければ低いほど、最適な細分化の仕方は細かくなる。また、コストをかけてネットワークを設置する(現在の文脈ではIT投資と見なされよう)ことによってチーム間調整費用をより低くできる状況では、チーム内調整費用が高いほど、IT投資を行い、チーム間の調整費用を低くするのが最適であることが示されている。こうした分析結果は、IT投資とともにアメリカの企業の規模が小さくなっているという実証結果にも一致している。また、人材の流動性が高く、情報共有の度合いが大きいシリコンバレー企業の規模が、同じ情報産業の集積地帯でありながら、人材の流動性が低く、情報共有の度合いが低いルート128と比べて、小さいという事実にも一致している。

さらに青木と瀧澤は、チーム間の完全な情報共有が不可能な状況において、生産物システムの各部分の開発に携わるチーム同士でどのような情報共有が望ましいものとなるかを分析し、モジュール化された生産物システムの場合には、分権化された情報共有と情報のカプセル化が組み合わせられた情報システムが最適となることを示している。これは、サクセニアンがシリコンバレーに特徴的であるとした、独自の情報システムのあり方として解釈できる。

モジュール化とベンチャー・キャピタリスト

モジュール化のもう1つの側面は、各モジュールのR&Dに携わる起業家たちが、エンジェルやベンチャー・キャピタリストたちによって資金提供されている点である。ベンチャー・キャピタリストたちは起業家間の情報媒介の役割も果すが、起業家的企業のガバナンスにおいても重要な役割を果している。たとえば、ベンチャー・キャピタリストは起業家たちに最初からプロジェクトの完遂に必要な資金を提供するのではなく、最初はプロジェクト開始に必要な資金を提供した上で、プロジェクトの進行状況に応じ、事後的に追加的な資金提供を行っている。

こうした状況で上述した「代替の効果」が現れるのは、ベンチャー・キャピタリストたちが複数の起業家的企業間でトーナメントを持つときである。トーナメントにおいては、複数の起業家の努力が費やされるから、社会的には重複コストが発生している。しかし、青木は、このトーナメント・ゲームにおける起業家たちのインセンティブを明示的に分析することにより、勝者の賞金が十分大きく、開発成果の価値に基づいて勝者を決定するベンチャー・キャピタリストの能力が十分高いときには、重複コストの存在にかかわらず、トーナメント・メカニズムが機能することを示した。

また、青木と瀧澤は、トーナメントに参加する人数を内生変数化したうえで、マーケティングの不確実性と技術的不確実性が参加者のインセンティブに与える影響を分析した。それによれば、技術的不確実性が高く、マーケティングの不確実性が低い状況において、このトーナメント・メカニズムは参加者からより大きな努力を引き出すことに成功し、もっとも上手く機能することがわかった。いわゆるドット・コム・バブルにおいて、e-コマース関連の企業が多数参入しながら、その多くが失敗に終わり、バブルの崩壊へと至ったことはよく知られている。その原因は、企業の収益に関する誤った期待に帰せられるだろうが、小額のスタート・アップ資金が引き起こした多数の参加者と、技術的不確実性が低いわりにはマーケティングの不確実性が高いというe-コマースの特徴が影を落としていたと考えられるのである。

上述したように、起業家とベンチャー・キャピタリストの間の関係はプロジェクト開始の部分的資金提供から始まり、プロジェクトの進行度合いによって追加融資がなされる、リレーショナルなものである。その関係は、主としてベンチャー・キャピタル契約によって規制されるのであるが、その内容も極めて興味深い性質を示している。数次にわたるベンチャー・キャピタル契約のうち、初期においては起業家のアイディアが貴重な資産であり、起業家がプロジェクトにより深くコミットするように、ストック・オプションのヴェスティングが契約に記述される。しかし、一般的に、ベンチャー・キャピタル契約のあとの方のラウンドにおいては、IPOや事業を売却するタイミングなど、プロフェッショナルな経営が重要となるため、ベンチャー・キャピタルのコントロール権がより強化される。また、プロジェクトがうまく進行していないときには、ベンチャー・キャピタルのコントロール権が強くなり、うまく進行していれば起業家・創業者のコントロール権が強くなるという事象も観察される。ベンチャー・キャピタル契約が示すこれらの諸性質は、必ずしも従来の伝統的な財産権アプローチでは説明できないものであり、企業の理論にとっても興味深い分析対象を提示している。

産業ダイナミクスに関する最近の理論的展開

以上紹介してきたモジュール化のメカニズムに関する分析では、どのようにして生産物システムのモジュール化と、それに伴う産業組織上の大転換が発生したのかについては、あまり触れられていない。最近の経営学の研究は、以上述べてきたモジュール化のメカニズムに関する分析結果を総合しつつ、よりダイナミックなパースペクティブから捉えようとしている。たとえばクリステンセンらは、次のような仮説を提示している。顧客が市場で得られる製品の機能に満足していない状況では、企業は複雑な依存関係を内包したまま品質の向上を行おうとするために統合的形態が支配的となる。しかし、企業が供給する製品の品質向上のスピードは顧客が吸収できる品質向上の速度よりも速いため、この関係は逆転することとなり、顧客は市場で得られる製品の機能に十分すぎるほど満足することになる。この時点で、競争の次元は市場化のスピードと低価格へと移り、製品のモジュール化がおこるという。

統合形態から非統合形態へのこの転換は、クリステンセンが別の著作で述べたように、顧客満足を第1に考える模範的な経営戦略をとった優良企業が破壊的イノベーションに際して没落するという現象にも関わっている。もし、クリステンセンらの仮説が正しいならば、それは日本企業がIT産業において遅れをとった原因が破壊的なイノベーションを行う強力な新興企業の不存在と、急速に展開する産業ダイナミクスへの統合企業の不適応に求められることになろう。ここでもまた、状況に応じて大胆な組織改変を行っていくことができない、とりわけ内部に発生したしがらみを断ち切って行くことができない、日本企業の弱さが露呈しているのかもしれない。

知的財産権と産業ダイナミクス

クリステンセンらは、その仮説に関するミクロ的基礎を与えていないが、さらにこのプロセスを細かく分析していくときに欠かせないのは知的財産権との関係であろう。ティースは、知的財産権が一般には非常に非常に弱い実効力しか持たないことを認めたうえで、イノベータ―がどのような戦略をとることによって、イノベーションから得られる利益を確保できるのかといった問題を考察している。IT産業におけるイノベーションは知的財産権の実効力が一般的に弱い。こうしたケースでは、イノベーターにとっては、イノベーションと補完的な資産を持った企業と結びつくのが最適な戦略である。この議論は、シリコンバレーにおいて、起業家たちが自らIPOを狙うよりも、先導企業に買収されることを望む傾向が見られること、逆に、シスコ・システムズなどの企業が起業家的企業を買収することでA&D(Acquisition and Development)を行おうとする理由を理解可能にする。

しかし、こうした現象が観察される大前提として、より大きな生産物システムのモジュラー・アーキテクチャーが公に開放され、誰でもそれを自由に利用し改変できるようなシステムになっていることが必要であるように思われる。すなわち、モジュラー・アークテクチャーがレッシグのいう意味で「コモンズ」になっていることが必要である。レッシグが説得的に述べているように、一度コモンズ化した技術をも、知的財産権をテコにして再度強力にコントロールする試みが今日なされつつあるが、こうした試みはイノベーションの可能性を著しく狭いものに方向付けてしまう可能性があることにも留意しなければならないだろう。

モジュール化のメカニズムの分析結果を総合して産業ダイナミクスを説明しようとする研究は、まだ緒についたばかりであるといえる。また、このプロセスに対して知的財産権の強度がどのように影響するのかは、政策的にも非常に興味のある問題であるが、それもまだこれからの研究課題であるといえよう。

モジュール化のその他の含意

以上、主としてアメリカで生じた産業組織上の大転換を念頭におきながら、モジュール化のメカニズムを説明してきた。しかし、そこで得られたモジュール化の便益に関する知見はそれ以外の分野にも含意を持つだろう。90年代には世界でさまざまな国々が経済危機に対応して財政システムの改革に着手してきたが、その多くに共通しているのは、集権的な各省庁への予算の配分、エージェンシーの導入とその事後的な評価の採用であった。この流れは、政府部門のサービスにおける、ある種のモジュール化と見なすことができよう。各エージェンシーは明示的に設定された目標の達成によって全体と関わり、その内部でどのような資源配分がなされるかに関する意思決定はカプセル化されているからである。

政府サービスと民間部門との一番大きな相違点は、前者においては独占的状態が正当化されているのに対して、後者では継続的なイノベーションを通して主導的企業が入れ替わることである。この差異は、政府部門の環境変化への感応性を著しく低下させていると考えられる。政府活動のうちモジュール化できるところをモジュール化すれば、その部分は多少なりともイノベーションのプレッシャーを受けることになるだろう。エージェンシーの導入と事後的な評価の採用は、こうした知恵の政府部門への適用と解釈することができるのである。

文中の参考文献についてはRIETI Discussion Paper 03-E-009("Property Rights and the New Institutional Arrangement for Product Innovation in Silicon Valley")をご覧下さい。