RIETI政策シンポジウム

労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2008年4月4日(金) 9:30-18:30
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • セッション1:「働き方・働き手の多様化と求められる労働法制改革」

    [セッションの概要]

    近年の労働市場では、女性就業・非正規雇用・高齢労働者の増加など、働き方や働き手の多様化が進んでいる。こうした多様な労働市場を前提に望ましい労働市場制度改革の在り方を模索する取り組みとして、以下に関する議論が行われた。

    • 男女間の賃金格差が生じる原因
    • 非正規雇用の正社員化や偽装請負に関して、現在の労働法が抱える問題と展望
    • エイジ・フリー政策の問題点と望ましい施策の在り方

    また、本セッション報告やフロアからの質疑応答により、多様化する労働市場の中では、制度の在り方を模索する際に以下の3点が重要であることが強調された:
    (1)科学的なアプローチによって事実の検証すること、(2)直観に訴える感情論ではなく、裏付けのある冷静な議論を優先させること、(3)問題解決に向けた当事者の自発的な取り組みを促す規制のあり方を探ること。

    [川口 大司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学大学院経済学研究科准教授)報告の概要]

    川口氏による報告では、日本の男女間賃金格差が存在する理由について、経済学的な仮説が提示され、企業データを用いた分析により、仮説検証が行われた。

    1. 男女間賃金格差を説明する仮説
      • なぜ、男女の賃金格差が生じるのか。大きく分けて2つの仮説を考えることができる。
      • 第一の仮説は、「そもそも男性と女性では、職場における生産性が違う」という仮説である。
      • この仮説は、「女性の方が男性よりも生まれ持った生産性が低い」という仮説ではないことに留意して頂きたい。たとえば、子育ては女性が行う等の社会規範がある場合、女性は子育てにエネルギーを割いてしまい、市場生産に割かれる努力水準が男性より低くなるかもしれない。この時、男性と女性で生来の生産性が等しくても、生産性の差が生じてしまう。
      • 第二の仮説は、「雇用主が女性の雇用について差別的な選好を持っている」という仮説である。
      • この仮説は、差別的な雇用主が女性を雇うことに対して心理的な負担を感じてしまうために、その心理的なコストの分だけ男女間賃金格差が生じる、という仮説である。ただし、差別的な雇用主はある程度は市場で淘汰される。実際に差別による男女間賃金格差が生じるのは、差別的な雇用主が労働市場の中にたくさんいて、かつ女性労働者の数が、差別的でない雇用主の下での職の数を上回る時である。
    2. 推定結果とインプリケーション
      • 分析の結果、女性の相対生産性は男性の45%である一方、相対賃金は男性の30%であることが分かった。その差の15%は、生産性格差以上の賃金格差と考えられる。
      • つまり、「日本における男女間の賃金格差は、男女間の生産性格差を反映したものである」という仮説は棄却された。
      • また、生産性格差以上に賃金格差があるので、企業は同じ生産性を持つ男女の中から女性をたくさん雇うことにより利潤を高めることができる。これは、女性比率が高い企業ではより利潤率が高いという既存研究の結果と整合的な内容である。

    [小嶌 典明 (大阪大学大学院高等司法研究科教授)報告の概要]

    小嶌氏による報告では、特に非正規労働の問題に焦点を当てながら、規制改革の過去を振り返り、労働法の未来に対する展望が述べられた。

    1. 規制改革の現場を通して得た教訓:この10年で労働法の何が変わったか
      • 世の中には、「できること」と「できないこと」がある。一見、理想的に見えても、企業に「できないこと」を強制することは、現場の混乱を生み、むしろ裏目に出る可能性があることを率直に認識すべきである。
      • 規制改革の現場における経験を踏まえて、「自分にできないことは他人にも強制しない」、「自分が知らない(体験できない)ことは他人にもむやみに強制しない」ことは、規制する側が守るべき最低限のルールだと考えている。
      • 労働関係法の分野から例を挙げると、4・6通達(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準)は、「タイムカードやICカードによる客観的な記録を基礎として確認し、記録すること」を使用者の責務として求めているが、公務員には異なる基準が適用されている。このような規制の構造が、ともすれば過剰規制を招くものとなっている。
      • また、適用除外に「緩衝材」や「潤滑油」としての価値があることがもっと重視されるべきである。規制改革・民間開放推進会議においても、こうした観点から、労働時間規制と解雇規制について民間企業への適用除外を模索したことがあったが、実現を見るには至らなかった。
    2. これからの10年で労働法に求められるもの
      • 1つ1つの法令は遵守できないことはないが、短期間に法令の制定や改正が集中すると形式上これを守ることさえ困難になる。こうした「合成の誤謬」の問題が現在生じていることを認識すべきだ。
      • また、政策や法令の内容が主観的で正確さを欠き、公平とはいえない現状認識に基づく場合には、政策の内容自体が怪しくなる、との危機感を抱いている。
      • たとえば、製造業における偽装請負の問題に関しては、発注者との連携が必要な業務については、請負会社がある程度の指揮命令を受けざるを得ないのは当然である。実態と法令の乖離が生じている現状を直視すべきだ。
      • 非正社員の正社員への登用という考えが一般論としては正しいとしても、それを一律に適用すること(one-size-fits-all)には無理がある。必要な場合には、緩衝材・潤滑油としての適用除外を認めるような措置が講じられなければならない。

    [森戸 英幸 (上智大学法学部教授)報告の概要]

    森戸氏による報告では、現在の日本のエイジ・フリー政策の問題点を「労働市場アプローチ」と「人権保障アプローチ」の2つの切り口より考察し、今後の施策の在り方が議論された。

    1. 労働市場アプローチと人権保障アプローチ
      • 「労働市場アプローチ」とは、エイジ・フリー政策は労働市場に関連した一定の目的を達成するために、あるいは労働市場に現在生じている問題を解決するために講じられるものとする考え方である。
      • 「人権保障アプローチ」とは、エイジ・フリー政策は「年齢差別」という人権侵害の問題を解決するために講じられるものとする考え方である。
      • アメリカでは、雇用における年齢差別禁止法(ADEA)が1967年に制定された。その立法過程では労働市場アプローチが先行したが、改正を重ねるに従って「高齢者の人権保障」が強調されるようになってきた。
      • ヨーロッパでは、EC指令78号によって原則雇用上の年齢差別が禁止され、これを受けて各国内で法整備が進んだ。その背景には、高齢者の基本的人権の保護に対する明確な意図があるが、同時に、高齢者の就業率の引き上げという雇用政策上の観点からも年齢差別の禁止が推進されてきた。
      • つまり、アメリカとヨーロッパでは、労働市場アプローチと人権保障アプローチの2つの組み合わせによってエイジ・フリー政策の整備が進んできた。
    2. 日本におけるエイジ・フリー法政策の現状
      • 近年、日本でも少子高齢化が進行しており、年功処遇などの伝統的労働市場制度から年齢を基準としない労働市場制度に変更する必要があると考えられる。
      • 雇用の終了に関するエイジ・フリー政策として、2004年に高年齢者雇用安定法が改正され、60歳以上65歳までの労働者に対する高年齢者雇用確保措置として、定年制を廃止する等の選択肢をとることが義務付けられた。
      • 雇用の開始に関するエイジ・フリー政策として、2007年に雇用対策法が改正され、募集・採用時の年齢制限は原則禁止となった。ただし、高年齢者雇用安定法18条の2に、年齢に関する理由説明義務が規定されている一方で、雇用対策法に年齢制限禁止の例外が示されており、理由説明義務は名目的なものとなっている点に問題があると考えている。
    3. 今後の法政策のあり方
      • 「年齢に関わりなく働ける社会」とは、裏を返せば「年齢に関わりなくクビになる社会」である。エイジ・フリーとは、労働者の年齢ではなく、能力と成果によって退職を余儀なくされる状況であることを認識する必要がある。
      • 日本では「人権保障アプローチ」からのエイジ・フリー政策の検討があまりなされてこなかった。欧米の経験も踏まえて、人権保障施策としての年齢差別禁止法制を議論するべきだ。
      • 特に、募集・採用時における「年齢制限に関する理由説明義務」を政策の中心に据えて、企業が自律的に年齢制限の必要性を問う仕組みを作ることが重要だ。

    [フロアから川口氏に対する質疑]

    1. 男女間賃金格差は男女の生産性の格差によるものという実証結果が、そのまま正当化されないか。
    2. 統計的差別を考慮していない点が気になる。雇い主の嗜好による差別は労働市場の競争により淘汰されるはず。統計的差別は、「男女間賃金格差が生産性格差によって全て説明されるわけではない」ことを上手く説明するのではないか。

    [上記に対する川口氏の回答]

    1. 我々は議論の材料を提供する中立的な立場から研究を行っており、特定の主張をしない科学的アプローチをとっていることを強調したい。たとえば、生産性格差によって男女の賃金格差の大部分が説明されるのであれば、男女の生産性格差の原因は何なのか。本研究はその原因を追究する次のステップへの踏み台的な研究である。
    2. 企業主による差別が淘汰されるほど日本は競争的ではないという考え方もある。また、統計的差別の存在を否定している訳ではない。統計的差別の経済合理性を疑問視する見方もある(RIETI ディスカッションペーパー #07-J-038 )。

    [フロアから小嶌氏に対する質疑]

    1. ホワイトカラーのジョブ・ディスクリプションについて、実際に先生がなされた検討や将来の展望があれば、教えてほしい。
    2. 非正規社員の正社員化が正義として議論の前面に出てきてしまう理由は何か。

    [上記に対する小嶌氏の回答]

    1. 日本にはジョブ・ディスクリプションは合わないかもしれない。ホワイトカラー・エグゼンプションもあくまで裁量労働制の現行対象業務を前提とするならば、適用範囲は労使で相談して決めればよい。専門業務型の裁量労働制については年収要件を課さず、企業業務型については年収要件を課す可能性も考えられる。
    2. プロパガンダとしてアピールされやすい側面がある。ワンフレーズで分かりやすく、深く考えなくて済む。ただ、こういう思考は誤った結論を導きやすい。

    [フロアから森戸氏に対する質疑]

    1. 一定割合の高齢者の雇用を企業に義務付けるような議論はあるのか。

    [上記に対する森戸氏の回答]

    1. 非常に興味深いご指摘だ。ただ、基本的に年齢を基準とする仕組みには変わりない。障害者の法定雇用率の議論と同様に、慎重な法学的・経済学的考察が必要だと感じる。