RIETI政策シンポジウム

労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2008年4月4日(金) 9:30-18:30
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • セッション3:「労使間コミュニケーション円滑化を目指した労働法制改革」

    [セッションの概要]

    本セッションでは、円滑な労使間コミュニケーションを行うための労働法制改革を行うために、海外の労働法理論に関する最新の研究や国内の紛争処理のデータが紹介され、望ましい紛争処理システムの姿が議論された。具体的には、以下の点について議論が展開された。

    1. 最新の海外の議論を踏まえて、日本ではどのような「労働法」モデルを描くことができるか。
    2. 紛争処理に対して、企業内の労使コミュニケーションと企業外の紛争処理システムが果たす役割はどのように変化したか。

    [水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所准教授)報告の概要]

    水町氏による報告では、日本の労働法改革をめぐる議論には、(1)労働法の歴史性に対する考慮が欠けている、(2)世界の最新の労働法学の議論について十分な考察がなされていない、という2点の問題があることを指摘した上で、日本の労働法制改革に対する展望が論じられた。

    1. 労働法改革の背景
      • 今から100年から150年くらい前に、「労働法」の基盤が形成された。
      • その時代背景には、大量生産を可能にしたテイラー主義・政治思想としての連帯主義・経済思想としてのケインズ主義の3点があり、「無期・フルタイム・集団的・従属労働者」が典型的な「労働法」のモデルとして認識され、国家が一律的な規範を適用する状態にあった。
      • しかし、1970年代のオイルショックを境に「労働法」は曲がり角に直面する。
      • その時代背景には、産業の重心が工業からサービス業に移るという産業構造の変化・ケインズ主義の危機・情報化およびグローバル化の3点があり、そもそも「労働法」が基盤とする典型的なモデルや、それを前提とした「労働法」の在り方が見直されるようになった。
    2. 欧米における新潮流
      • ここ10年余りの間に、ヨーロッパでは「手続的規制理論」、アメリカでは「構造アプローチ」という2つの大きな理論が提案された。
      • 「手続的規制理論」とは、(1)複数の理性や正義がある得ることを認めながら、共存・調整する「手続的理性」を尊重する点、かつ、(2)実践の場として関係当事者に開かれた交渉・対話を重視する点、に特徴がある。
      • 「構造アプローチ」とは、(1)法律や裁判所が定める明確な実態ルールではなく、現場で生じている具体的な問題を解決するための「手続」を重視する点、(2)裁判所・職場・仲介者などの複数の主体が既存の枠組みを超えて有機的に問題を根本的に解決していく点、に特徴がある。
      • 前者は政治哲学的な思考、後者は経済学的な思考に基づく点で異なる基盤を持つが、多様化・複雑化する社会の実態に対応するために新たな理論・アプローチを提唱している点、重視されているのは動態的なプロセスである点で両者は共通する。2つのモデルは、政治哲学的な公正さと経済学的な効率性、そして当事者の参加を融合させ、新たな1つのモデルを築くことを可能にするだろう。
    3. 日本の「労働法」の特徴と課題
      • 現在の日本の「労働法」は、法のマニュアル化が深刻化し、法と実態が乖離してしまっている。また、企業別組合などの分権化された労使コミュニケーションの基盤はあるが、透明で民主的・開放的なコミュニケーションはできていない。
      • 以上を踏まえると、今後の改革の方向性として、(1)パートや派遣などの多様な労働者の意見を反映できる労使コミュニケーションの基盤を作ること、(2)当事者による集団コミュニケーションを重視して事後的な規制を作ることが望まれる。

    [神林 龍 (一橋大学経済研究所准教授)報告の概要]

    神林氏による報告では、解雇紛争の趨勢や近年の企業外の紛争処理制度の拡充の成果をデータにより確認した上で、日本の企業内労使コミュニケーションの役割が変化している可能性が指摘された。

    1. 日本の解雇規制の成り立ち
      • 解雇権濫用法理や整理解雇法理を形成させた事件には、少数組合の差別と密接な関係にある集団紛争があった(例:東洋酸素事件)。
      • 80年代以降、判例法理も労使コミュニケーションの正常化を指向し、紛争の手続きを重視する立場がとられるようになる。
      • 日本の解雇規制の鍵を握っていたのは労使コミュニケーションであり、事前に労使コミュニケーションを上手く作用させれば訴訟にならない、というメカニズムが日本の企業組織にはあったと認識している。
    2. 1990年代後半以降の労働市場の変化と紛争の変遷
      • 90年代以降の労働市場で何が起こったのか。
      • 第一に、データで確認する限り、90年代後半以降、日本ではそれなりに解雇が行われていたという事実がある(2001年前後で100万人程度)。
      • 第二に、90年代を通じて労働争議の参加人数は低水準で推移しており、そうした解雇は実際の集団紛争にはならないことが確認できる。つまり、90年代後半では、労働争議を通じて解雇紛争を解消しようというメカニズムは働いていなかったと判断できる。
      • また、訴訟の面からも、解雇者1万人当たりの地方裁判所における解雇事件新受件数は90年代後半までに増加していない。
      • ところが、2001年以降、解雇者1万人当たりの地方裁判所における解雇事件新受件数は急激に増加した。この背後には、紛争の個別化によるものであることが東京地裁の裁判例資料から確認できる。
    3. 個別労働紛争処理制度と労働審判制度の成果と役割
      • 上記のような単独訴訟の増加の背景には、産業構造や雇用管理方法の変化がある。実際、雇用管理は集団的なものから個別的なものに移行してきた。
      • 2001年に施行された個別労働紛争処理制度の総合労働相談コーナーは、司法資源へのアクセス費用を低下させ、紛争を「掘り起こす」効果があったと考えられる。被解雇者数に対して、10分の1の割合で相談コーナーが利用されている。
      • 2006年に始まった労働審判制度の解決率は約8割で、平均的な審理期間は74日であり、労働審判制度は概ね成功したといえる。また、労働審判制度は利益調整に用いられていた側面があるようだ。
      • 労使や企業組織の外に公的な審判制度や仲介制度が整備され、それを利用する人が増えている。企業の外の仲介制度が充実しつつある現状を考えると、企業の中の労使コミュニケーションの役割が相対的に低下してくる可能性がある。

    [フロアから水町氏に対する質疑]

    1. 構造アプローチは実際に機能しているのか。
    2. 事後的な規制をどこで作るべきか。審議会で作るのがよいのか。
    3. 今後に向けて、水町先生が考える新しいグランドデザインについてご説明頂きたい。

    [上記に対する水町氏の回答]

    1. 先進的な例では上手く機能していると紹介されている。ただし、裁判所と職場の手続きが形式的なもので終わらないようにするために、第三者の情報提供などの手続きを実質化する法的インセンティブを与える必要があるとの指摘もなされている。
    2. 必ずしも今の審議会は多様な利益を代表していない。最終的には選挙を通じてシステムを変えていくという考え方もある。
    3. 派遣やパート労働者もプロセスに参加させる。また、リスク管理や指揮命令を実態に即したものにして、実態と法規制の矛盾を解消させる。細かい調整は当事者のコミュニケーションで行えばよいと考えている。

    [フロアから神林氏に対する質疑]

    1. ヨーロッパと比較して、日本の訴訟率が低いのは何故か。

    [上記に対する神林氏の回答]

    1. 確かに、たとえばドイツと比較して日本の訴訟比率は低い。日本では、相談する人の数自体は多いが、訴訟に進むケースが少ない。その理由として、第一に、解雇判例等の規範が日本では比較的強固に確立しているからという説明と、第二に、コストがかかるからという説明を考えることができる。私自身は前者が矛盾のない説明だと考える。