RIETI政策シンポジウム

労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2008年4月4日(金) 9:30-18:30
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • セッション2:「長時間労働と雇用保護の影響をどのように理解するか:経済学からの接近」

    [セッションの概要]

    本セッションでは、経済学の視点から労働時間規制の必要性や雇用法制の効果を考察し、実際のデータを用いた日本への応用分析が紹介された。具体的には、以下に対する検討が行われた。

    1. 労働時間規制を行う経済学的な根拠は何か。現実の労働者の特性を踏まえると、どのようなコミットメント・メカニズムが日本社会にとって望ましいか。
    2. 日本の判例による雇用保護は企業の生産性に影響を与えてきたか。

    また、本セッション全体のメッセージとして、労働市場制度改革の必要性やその効果を検討する際に経済学視点が有用であることが強調された。特に、計量経済分析は、政策効果を検証するだけでなく、現実の労働者の合理性を検証することにより、どのような規制が必要なのかを提示するための有益なツールとなる。

    [大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)報告の概要]

    大竹氏による報告では、長時間労働を規制することの意義について経済学の視点から論点整理が行われ、アンケート調査による実証分析の結果から長時間労働規制への政策インプリケーションが述べられた。

    1. 日本の労働時間の現状とその背景
      • 80年代後半以降、週法定労働時間の短縮化や非正規労働者の増加により、平均的には日本の労働時間は低下してきた。
      • しかし、実際には30代の男性を中心に長時間労働が増えてきたことを統計データから確認することができ、労働時間の二極化が進んでいる。
      • 最近になって、長時間労働が問題になってきた理由は、この労働時間の二極化が進んだこと、そして労働時間管理の難しいホワイトカラー労働者が増加したことが考えられる。
    2. 労働時間規制の経済学的根拠
      • なぜ、長時間労働を規制する必要があるのか。経済学者の答えは、(1)市場の競争性、(2)ワーカホリック(仕事中毒)労働者がもたらす外部性の存在の2点に依存する。
      • ワーカホリック労働者が存在しない場合、労働市場が十分に競争的であれば長時間労働を好まない労働者は別の会社へ転職すればよい。市場が競争的でないならば、規制の根拠となる。
      • ワーカホリック労働者が存在する場合、その労働者は負の外部性(例:管理職がワーカホリックとなった場合には部下の無駄な長時間労働が強制される)と正の外部性(例:職場全体の生産性が上昇する)の両方を与える可能性がある。全体として負の外部性が大きければ、労働時間規制を行う根拠がある。
    3. 実証分析から得られる政策インプリケーション
      • アンケート調査を用いた実証結果より、週60時間以上働く労働者は、子供の頃に夏休みの宿題を休みの終わりの頃にしていたなど、「先延ばし行動」をとる傾向が非常に強いことが分かった。その効果は男性管理職で特に大きく、職場に負の外部性を与えてきた可能性がある。
      • また、暫定的な分析結果より、長時間労働が習慣として行われる傾向も観察され、労働者がワーカホリックである可能性がある。
      • 仕事の「先延ばし行動」が長時間労働の原因であるならば、残業手当の増額は有効な労働時間規制にはならない。定時に仕事を終わらせるために、「職場に残らせない」、「無理にでも休みをとらす」等の強制的なメカニズムの導入が必要である。

    [奥平 寛子 (大阪大学大学院/日本学術振興会特別研究員)報告の概要]

    奥平氏による報告では、雇用保護が企業の生産性に与える影響について、海外の先行研究を引用しつつ説明が行われ、日本の整理解雇判決の地域差を利用した応用分析の結果が紹介された。

    1. 解雇規制と企業の生産性の関係
      • 近年、OECDの"Employment Outlook"などの海外の研究により、労働者の雇用を保護するはずの解雇規制が労働市場パフォーマンスだけでなく、企業の生産性にも影響を与えることが指摘されている。
      • 既存の研究成果をまとめると、解雇規制の強化が企業の生産性に影響を与えるルートは主に4つ考えられる。解雇規制が強化されると、(1)労働者は安心して企業特殊技能に投資を行うので生産性は上昇する、(2)労働者は解雇される心配がなくなり、勤労意欲が削がれて生産性が低下する、(3)企業にとっては労働コストの増加となり、柔軟な雇用調整が阻害されて生産性が低下する、(4)新たな製品開発にともなうリスクテイキングやイノベーションが抑制され、生産性が低下する。
    2. 日本の解雇規制の現状と既存の研究
      • 日本では民法六二七条に解雇自由の原則が定められている一方、整理解雇判例などによって実質的には解雇が厳しく制限されてきた。
      • ただし、2000年前後に東京地裁が整理解雇規制を緩和させる方向に判決を下した例に示されるように、整理解雇判例の適用基準は一定ではない。
      • 実際、経済学者による統計分析により、整理解雇事件における労働者側勝訴率に大きな地域差が存在することが指摘されてきた。具体的には、関東・九州地方では使用者寄りの判決が下される頻度が高く、関西・中国地方では労働者寄りの判決が下される頻度が高い。特に、大阪府と比較して東京都の労働者側勝訴率は非常に低い事実が知られている。
    3. 分析の枠組みと実証分析の結果
      • 本研究では、この整理解雇判決の地域変動を利用して、整理解雇規制の強化が日本企業の生産性に与える影響を計量的に分析した。
      • 「企業活動基本調査」の企業パネルデータを用いた分析より、整理解雇無効判決が相対的に多く蓄積される時に、企業の全要素生産性と労働生産性の伸び率が減少することが明らかにされた。
      • 特定の労働者に対する雇用保護の影響は労働市場にとどまらず、企業の生産性への負の影響を通じて経済全体に影響を与え得る。

    [フロアから大竹氏に対する質疑]

    1. 人が足りないから長時間労働になっているのではないか。
    2. 先延ばし行動という個人の属性と、残業手当の増額という企業への規制を結びつけて政策含意を考察することに無理はないか。

    [上記に対する大竹氏の回答]

    1. 合理的な労働者を考えると、人が足りない状態は長期間続かないはずだ。ワーカホリックなどの非合理的な労働者を想定すると長時間労働を上手く説明できる。
    2. 問題は、企業に対する罰金であるはずの残業手当が国ではなく労働者の手に渡っていることにある。先延ばし行動をする労働者にとって、残業手当はご褒美になっている。

    [フロアから奥平氏に対する質疑]

    1. 整理解雇判例の存在を認識していない労働者や使用者をどう考えるのか。
    2. なぜ、労働者側勝訴率に地域性があるのか。

    [上記に対する奥平氏の回答]

    1. 確かに中小企業などでは十分に認知されていない可能性がある。サンプルを大企業と中小企業に分けて分析を行えば、その可能性を検証できるだろう。
    2. 仮説としては、(1)判事の裁量の地域差、(2)弁護士の能力の地域差、(3)紛争当事者の特性の地域差の3点が勝訴率の違いを生むと考えられる。