RIETI政策シンポジウム

労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2008年4月4日(金) 9:30-18:30
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • セッション4:「求められる企業システム改革の視点」

    [セッションの概要]

    本セッションでは、第3セッションでの議論を受けて、さらに企業の労使コミュニケーションに焦点が絞られた。企業組織内でどのような労使コミュニケーション制度や企業システム改革が求められているのかについて、企業データおよび現状の問題点に対する分析を通じて意見が述べられた。具体的には、以下の点に関する議論が行われた。

    • 企業内の資源分配に関して納得性のある手続きとはどのようなものか
    • 企業組織と労働市場の再編成を行う際の展望や留意点はどのようなものか

    [守島 基博 (一橋大学大学院商学研究科教授)報告の概要]

    守島氏による報告では、いわゆる成果主義的な評価・処遇制度の導入により、日本の企業内において分配の納得性に関する問題が生じたとの指摘がなされ、データ分析を行うことで、納得性のある手続きおよび労使コミュニケーションの姿が具体的に示された。

    1. 企業内における公正性
      • バブル崩壊以降のコストダウン圧力により、いわゆる成果主義的な評価・処遇制度が導入されたり非正規雇用が増加したりするなど、過去15年の間に企業の人事制度は大きく変化した。その結果、労働者間の格差問題が顕在化するようになり、企業内における納得性(公正性)への関心が高まりつつある。
      • 納得性や公正性などは、何らかの原則に基づいて資源(報酬など)が分配されるときに納得してもらえることで成立する。
      • これまでの日本の企業は、「衡平原則」に加えて、年功賃金などの純粋な年次管理に基づいた処遇を行う「平等原則」の二原則を組み合わせて資源分配を行うことで、企業内の納得性や公正性を担保してきた。
      • ところが、この15年で成果主義の導入が進み、平等原則に対する衡平原則のウエイトが高まった。日本企業は衡平原則に傾くことにより、働く人々の納得感や満足感を低下させてしまうことを認識し、代わりに納得性確保のための手続きの公正性(procedural justice)の概念が人事管理において広く導入されるようになった。
      • 手続きの公正性とは、賃金など原資の分配の意思決定過程に対する公正性であり、(1)情報開示、(2)分配決定プロセスでのボイス(参加)、(3)分配システム設計段階でのボイス(参加)、の3つのポイントから成る。
    2. 手続きの公正性に関する分析
      • 企業調査データより、成果主義を導入している企業は、成果主義を導入していない企業と比較して、より高い割合で評価結果の開示を行っていたり、評価に関する苦情処理制度を導入している。つまり、資源分配が衡平原則に傾く中で、日本企業は手続きの公正性を導入するという合理的な対応を行ってきたといえる。
      • 一方、手続きの公正性は企業業績にどのような効果をもたらしたのだろうか。また、どのような手続の公正性の導入が働く人々の納得感を改善させ、企業業績を向上する効果を持つのだろうか。
      • 分析の結果、苦情処理制度の導入は過去5年間の売上高伸び率を上昇させることが分かった。
      • 個々の労働者については、評価結果が公開されると「成果や能力の評価に対する納得感」が上昇する。さらに、常設機関の設置や評価結果の公開を行うことにより、「評価の賃金などへの反映に関する納得感」が改善されることも明らかにされた。
      • 第3セッションでは、労使コミュニケーションの在り方について議論されていた。分析結果を踏まえると、その労使コミュニケーションの中味として、常設機関や労使協議制などの集団的な労使コミュニケーションだけでなく、苦情処理制度の設置や評価結果の公開などの個別化された仕組みを設けることが重要である。

    [島田 陽一 (早稲田大学大学院法務研究科教授)報告の概要]

    島田氏による報告では、(1)従来の労働関係および労働法学において、労働市場と企業との関連を意識することなく、企業において閉じた労働関係を対象としてきた理由とその問題点を明らかにし、(2)企業組織の変容に伴って、企業における労働関係を再構築するために、企業社会に変わる新しい社会的イメージの提示の必要性が論じられた。

    1. 従来の労働関係に内包された問題点
      • 企業組織の在り様は常に労働市場との在り様との関係で論じられる必要があり、労働法学にも企業において展開される労働関係と労働市場との有機的関係を解明することが求められる。
      • しかし、わが国の労働法学においては、労働関係自体が各企業に閉じ込められていて、労働市場が機能する余地がなかった。なぜなのか。
      • 諏訪氏の招待報告でも指摘されたように、第一に、1900年代初頭においては未熟練労働市場が独占的状態にあり、実際に労働市場の機能を抑制する必要があった。第二に、労働組合が企業別に組織されていたために、賃金決定が企業の外では行われなかった。
      • こうした状況の中で、わが国では、企業において内部労働市場と外部労働市場が分断され、労働法学は従業員を企業組織の一員と捉えて、その地位が厚く保護されることを前提とした、企業内の個別的労働紛争に関するルールを形成させた。
      • この結果、以下の問題点が生じた。第一に、労働者は雇用保障と引き換えにワーク・ライフ・バランスを保つことが困難な状況に追いやられた。第二に、自己完結的に企業組織が編成されたために遵法意識や自浄能力に欠ける経営がなされるきっかけとなった。
    2. 企業組織の変容に伴う企業組織と労働市場の再編成
      • 一方、近年になって以下のような企業組織の変容が起こった。第一に、経営者に対して株主の立場が相対的に重視されるようになった。第二に、日本的雇用慣行を支えてきた経済基盤がコストダウン圧力によって揺らいだ。その結果、非正社員の割合が増加し、共同体の一員であるという正社員の意識が後退した。
      • 企業と従業員との関係の再編成が行われるべきである。そのために、第一に、企業のステークホルダーとして従業員を認識し、従業員のボイスを吸い上げて利害調整が行われる環境を整える必要がある。第二に、「正社員と非正社員」という区分を解消して、多様な契約形態の従業員を、その職務に応じて適正に処遇できる人事制度へ移行させることが求められる。
      • 日本型雇用慣行の下では、外部労働市場が適正に機能するための条件整備がほとんど行われてこなかったため、外部労働市場の整備は今後の課題である。その一方で、企業が担っていた機能を市場や国家が負担するべきだが、その新しい姿は明確になっていない。また、労働市場における労働者の交渉力は企業と比べて未だ弱いことにも留意すべきである。
      • 将来的には、内部労働市場と外部労働市場との壁が低くなることが望ましいが、当面は、労働者が企業から退出しても、他企業に就職することが容易になるような多様な支援措置を設けるべきである。

    [フロアから守島氏に対する質疑]

    1. ILOのディーセント・ワークは企業システムに導入するべき重要な視点だ。公正性を包み込む概念として定着させるための研究課題になるのではないか。
    2. 企業内だけの情報公開では、マクロレベルでの人材分配の効率性を損ねるのではないか。

    [上記に対する守島氏の回答]

    1. 私の報告にあった公正性の概念は、もう少し従業員に近い「納得性」というレベルにある。より高いレベルの公正性は重要だと考えるが、どう人事管理に結びつけるかは今後の課題だ。
    2. 情報をオープンにすることで分配原理を企業外にも働かせることは重要だ。ただし、法制化するべきではなく、労働市場の流動性などの他の制度的枠組みを用いるべきだ。

    [フロアから島田氏に対する質疑]

    1. お話の中でワーキングプアの問題をどのように位置づけるか。
    2. 現在、労働組合に参加する意思のない人を組織化することに何か効果はあるのか。

    [上記に対する島田氏の回答]

    1. 内部労働市場と外部労働市場の壁があり、解消されなければならない壁だと思う。日雇い派遣自体ではなく、現状の企業外での労働市場の整備が遅れているからワーキングプアの問題が発生するのだと考える。
    2. 確かに従業員組織を作ることにコストがかかるので、その効果に対する意見はさまざまだろう。従業員組織が出来た方が企業のパフォーマンスが上がるようなインセンティブを与えることを、労使に委ねて行うしかないのではないか。