新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

日本経済が抱える諸問題と政府の対応から考えられるわれわれの課題

河村 徳士
リサーチアソシエイト

2022年の日本経済をめぐる諸問題と政府の対応

依然として影響を及ぼすコロナウイルスに加えロシアのウクライナ侵攻が重なって、2022年における日本の経済活動にはさまざまな影響が及んだ。物価動向や為替相場の変動などに対して日本政府が打ち出した対策から考えられることを述べてみたい。

コロナ禍の供給制約およびロシアのウクライナ侵攻などを要因として、日本では2022年春先からエネルギーを中心とした価格上昇が懸念され、次第に生活品の値上げに波及し始めた(注1)。物価上昇は世界的な規模で生じた事態でもあり、欧米ではコロナ禍の金融緩和方針を転換し金利の引き上げを辞さない抑止策を採用した(注2)。先進諸国の金融政策とは歩調を合わせず異次元緩和を継続した日本では、資金流出が影響したのか為替市場は円安の方向に傾き、かえって国内の物価上昇を後押しした(注3)。もっとも、円相場は、9月と10月の二度にわたった日本政府の単独介入もあって、11月以降、買い戻しが進んだ(注4)。とはいえ、国際的な金利動向に対する硬直的な低金利政策、こうした金融政策を余儀なくさせている日本経済の構造的な問題といった諸課題が解消されない限り、円安基調あるいは為替の不安定性の克服は難しい状況下にある(注5)。

こうした事態に対して、岸田政権は、2022年10月28日に「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を閣議決定し対策を具体化し始めた(注6)。その内容は、①物価高騰・賃上げへの取り組み、②円安を生かした地域の「稼ぐ力」の回復・強化、③「新しい資本主義」の加速、④国民の安全・安心の確保の4点を柱とし、③と④は2021年11月の岸田首相就任時における方針を引き継いだものだった。もっとも、喫緊の変化への対応とみられる①②についても、①が、コストプッシュ型の物価上昇に対応するために、賃上げが高いスキルの人材を引きつけ企業の生産性を向上させさらなる賃上げを生むという方向性を模索していること、②がインバウンド需要の復活のみならず半導体や蓄電池のサプライチェーン再構築を想定していることなどを考慮すれば、デフレ克服と成長軌道への転換といった20年ほどにわたって取り組んできた構造的な問題を解消する好機ととらえていることもうかがえる。

国内課題への対応と国際的な協調枠組みを模索することの大切さ

もちろん、喫緊の状況変化に対する目先の対応のみならず、抱えてきた構造的な問題を解消させる糸口を併せてつかむことは大切であるが、次の視点も重要だろう。第一に、2000年以降、労働生産性が緩やかに上昇したことと対照的に賃金推移が停滞し続けており、近年では賃上げが政策課題の俎上に登っていることを(注7)、産業構成がサービス化した現在の日本社会に即した戦略として、どのようにとらえるのかが重要である。人的資源に依存する傾向の強いサービス産業は、事業の先行きいかんによっては雇用条件に対する企業の自由度を確保しておきたい意向が強いと考えられる。こうした意味では人的資源の移動を活発化させる政策構想は産業構成の変化に対して理にかなったものなのかもしれないが、市場を介した調整のみならず企業利潤および雇用者所得の双方を保証できるような分配を重視した政策対応も引き続き求められるだろう。

第二に、資源移動の垣根を低くし続けてきたグローバルな国際社会では、国内の利害調整を目的とした政策が単独では成り立たない可能性が考慮でき、国際的な紛争はこうした事態にさらなる影響を及ぼすことに注意を払うことである。高い経済成長の時代を経て日本のみならず先進国ではモノやサービスの価格が乱高下をすることは少なくなり物価の安定性を高めた一方で、1980年代以降顕著に進んだ国際的な資金移動までも容認した資本市場の発達は、次第に企業利潤の新たな源泉となったと同時に、各国も資本市場を介した企業の選別が生産性の上昇に資するものとしてこれを前向きにとらえてきた。しかし、1990年代以降、低成長の時代に突入した日本に即して言えば、解雇の自由度をも高めた企業は、資本市場の期待に応えるべく、技術革新の努力のみならず雇用条件を悪化させ対応したことも度々あったと考えられる。2001年の小泉内閣では構造改革に基づく成長が重要な政策として重視され、以後、日本経済を成長路線に乗せるためにあらゆる内閣がさまざまな戦略を打ち出し、経済成長を介した国民生活の向上が期待されてきたが、国民所得の推移は停滞した(注8)。こうした日本経済の課題を克服するための経済政策の考案はもちろん大切であるが、同時にこれを効果的なものとする国際協調の枠組みを模索することもより重要性を増したのではないかと考えられる。自由度が増した国際的な資金移動は、何らかの紛争が引き起こす経済的条件の激変時において、投資先を柔軟に変更するだろう。またコロナ禍に加えて国際的な紛争は、資源の供給を抑制し物価の変動を激化させるかもしれない。こうしたさまざまな変化に対して、各国が個別の利害に即した対処を行うだけではなく、共通課題を見定めながら協調的な枠組みや妥協の仕組みを模索し続ける必要があると考えられる。対話を通じた解決策を有意義なものにするためにも、われわれが知恵を絞ることを怠ってはならないだろう。

脚注
  1. ^ 「物価、40年ぶり3.6%上昇 10月、値上がり品目8割迫る サービスにも波及」『日本経済新聞』2022年11月19日。
  2. ^ 「金利上昇世界に広がる 米2%台債務膨張負担重く 新興国打撃も」『日本経済新聞』2022年2月12日、「世界の利上げ最多80回 リスク資産資金流出」『日本経済新聞』2022年6月19日。
  3. ^ 「金利上昇日本置き去り 米欧引き締め新興国追随 「悪い円安」悩む日銀」『日本経済新聞』2022年4月21日。
  4. ^ 「単独再介入、急場しのぎ 政府・日銀が円買い7円急騰 効果限界日米金利差なお」『日本経済新聞』2022年10月23日、「円上昇、一時133円台に 米国の物価にらみ乱高下」『日本経済新聞』2022年12月3日。
  5. ^ 「企業悩ます円の変動増幅 裏に日銀の長期金利「固定」」『日本経済新聞』2022年12月7日。
  6. ^ 閣議決定「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」、2022年10月28日。https://www5.cao.go.jp/keizai1/keizaitaisaku/2022-2/20221028_taisaku.pdf
  7. ^ 内閣府「令和元年度年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)―「令和」新時代の日本経済―」、2019年7月、https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je19/index.html
  8. ^ 労働組合の継続的な弱体化、非正規雇用の拡大、非組合員である雇用者利害の受け皿となる政治的主体の不在などのほか、既述のような産業構成のサービス化に基づいた高度成長期と対照的な生産性上昇の鈍化などが差し当たり要因として想定できるが、賃金の停滞的な推移に対しては、なお詳しい検討が求められているだろう。

2022年12月22日掲載

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